2022年NO.1捕手候補・福原聖矢(東海大菅生)が選抜の舞台に駆け上がるまで
「入ってきたときから野球脳、野球観は良かったので心配はないですね」(若林弘泰監督)
「あいつがいなければ秋の優勝はなかったかもしれません。世代NO.1かなと感じます」(本田峻也)
指揮官・若林監督、そしてエース・本田からも絶賛のコメントが届く選手が今回の紹介したい福原聖矢の評価だ。身長167センチ小柄だが、グラウンドに立てば秋季大会8試合で13盗塁を記録した走力に加えて、最速1.8秒をマークする二塁送球を披露する。
春からは新2年生。まだまだ成長に期待せざるを得ない逸材の道のりを今回は迫っていきたい。
難しいというよりも、楽しかったキャッチャー
福原聖矢(東海大菅生)
沖縄で生まれた福原は、兄と姉の影響で7歳から野球を始めた。県内でも有数の強豪・世名城ジャイアンツに入り、最初はショートして野球人生が始まった。ただ小学5年生になると、キャッチャーも任されるようになったそうだが、キャッチャーというポジションをどう感じていたのか。
「難しいという感じよりも、楽しかったという印象の方が強いです。盗塁を刺したり、自分の配球でバッターを困惑させたり、打ち取れた時は『やったな』と思っていたので」
キャッチャーと内野手をともにこなしながら世名城ジャイアンツで腕を磨き続けると、6年生の時にマクドナルド・トーナメントに出場した際に、U12の監督だった仁志敏久氏の目に留まり、U12のセレクションに参加。その選考を潜り抜けて、U12代表に選出されることとなった。
「貴重な経験をさせてもらったと思います。今まで経験したことのない観客数の中で試合が出来たので。けどその中で自分のプレーを発揮できたことで自信を持てるようになりました」
それからは「兄がやっていましたし、硬式の方が楽しいと聞いていました」ということで、硬式のクラブチーム・安仁屋ヤングスピリッツへの入団を決意。高校野球も見据えながら硬式野球の世界へ飛び込んだ。ただ硬式に変わったことに、福原は壁を感じながら練習を送ることとなった。
「ボールの伸びが全然違うので、バッティングでは空振りが増えました。スイングスピードも当時速くなかったので、タイミングを早く取るようにして打つように練習を重ねて段々打てるようになってきました」
キャッチャーとしてもマスクを被っている際に、「相手の良い打者から勉強をさせてもらいました」と間近で雰囲気を感じ取れるからこそ学べることを吸収して、着実にステップアップした。
すると福原は2年生と3年生の時にはU15に選出。特に2年生の時は、福原だけが2年生という異例の抜擢に加えて、ワールドカップでベストナイン受賞。指導者からも称賛の声が上がるなど、同世代でもトッププレーヤーとして全国区に成長した。
「1回選ばれることも難しいU15に2度も選ばれたことは、自分の中ではかなり自信になりました。他の人ではなかなか経験できないことなのですし、2年生の時は先輩たちのプレーから刺激を受けましたし、中学時代は本当に充実していました」
次世代のNO.1捕手候補の技術論
福原聖矢(東海大菅生)
そんな福原はエース・本田の誘いを受けて東海大菅生への進学を決めた。中学時代の確かな実績と自信をもって高校野球界に飛び込むが、高校野球は甘くなかった。
「全然違うスポーツだと思いました。中学とではスピード、パワーが全然違うので、とにかく練習をたくさんやって夏はベンチを掴むことが出来ました」
特に福原が感じたことはスピード。バッティングでは「中学までは合わせに行っても捉えることが出来ていた」というが、高校ではそうはいかなかった。スイングスピードも120キロちょっとと、遅いわけではないが、好投手の攻略には常にフルスイングをする必要が出てきた。
そこで福原はフォームを1から見直して、「いかに無駄の少ないフォームにできるか」ということを念頭において素振りを重ねてきた。多い時は700、800回近くになったというスイングをこなして、無駄のないフォームを求め続けた。
そして守備ではスピードボールを捕ればミットが流される。鋭い切れ味の変化球が来れば、なかなか前に止められないことがあったという。「なかなか止めきれずに怒られました」と福原は振り返るが、どのようにして課題を克服したのか。
「中学までは素早く動かなくても止めることが出来ていたので、深く考えることはありませんでした。ですが、高校ではそうはいかなかったので、まずはどれだけ早く形を作って止められるのか。そこを大事にしています。
キャッチングに関しては、吸い込まれるようなキャッチングを出来るように心がけるようにしています」
福原の印象を一言で表現するなら『柔らかい』というのが近いのではないだろうか。エース・本田も共感している点であり、特にキャッチングに関しては「(キャッチングが)良ければ球速2、3キロは速く感じるので、それだけでも調子が上がります」とコメントしている。
では福原本人はキャッチングに関して、どういった意識を持っているのか。福原を直撃した。
「中学の時からメジャーの捕手を見て『真似してみたい』と思ったことがきっかけで、今も色んなメジャーリーガーのキャッチングを参考にしています。
それで気づいたのは、全員があまりミットを動かさずに、ピッチャーに面を向け続けたまま捕球していたんです。たしかに『あれなら投手も気持ちいいだろうな』と僕自身思うので、取り組んでいます」
フレーミングという言葉が浸透しつつあるが、福原はあくまで捕球したところでピタリと止める。加えてミットの面を投手に向け続けるのが、スタイルだった。
こうした取り組みを重ね、福原は1年生ながら夏の大会のベンチを掴み、初戦の駒場学園戦に代打で出場してヒットを放つなど幸先よくデビューすると、続く都立東大和戦ではスタメンマスクを被った。
西東京大会決勝・佼成学園戦、東西決戦・帝京戦でもスタメンマスクと早くから経験を積みながら優勝に貢献することが出来た福原。確かな手ごたえと課題を感じながら、新チームに入ることが出来た。
「出られない3年生がいる中で、応援してもらえながら試合で活躍出来たのは良い経験でしたが、後半は疲れてしまってバッティングがダメでしたので、そこは課題でした。ただその経験があったから、秋は余裕をもって相手打者を見ることが出来たと思います」
秋季大会では主に2番に座り、打率391、盗塁12、打点5という形で優勝に貢献。自身初となる甲子園への道を切り開いた。現在は打撃においては鋭い打球を打つべく骨盤の使い方を意識しながら練習に取り組んできた。そして守備では苦手なブロッキングを含めて全体のレベルアップに力を入れてきた。取材当日のバッティング練習では快音を響かせ、守備でも軽快な動きを見せており、状態の良さを感じさせた。
3月19日からいよいよセンバツが始まった。そこへ向けての意気込みを聞くと、「チャンスでもピンチでも『福原なら大丈夫だ』と安心感を与えられるようにしたいです」と福原はコメントした。
次世代のNo.1捕手候補・福原が高校初の全国の舞台でどのようなプレーを見せるのか。選抜での活躍を楽しみにしたい。
(記事=編集部)