明徳義塾高等学校 岸 潤一郎 選手
昨夏甲子園。岸潤一郎は名門・明徳義塾(高知)の中心に位置していた。打っては175センチ70キロ(当時)と高校生では平均体格にもかかわらず「4番・右翼手」で先発し、馬淵史郎監督が「(ダスティン・ルイス・)ペドロイヤ<MLBボストン・レッドソックス>のよう」と称するフルスイング。また、酒田南(山形)との3回戦(2012年08月15日)では4回一死からマウンドへ。福永智之(現:横浜商科大1年)と完封リレーを完成させた。
迎えた大阪桐蔭(大阪)との準決勝(2012年08月22日)では6回二死から登板も福永が残した走者を返され、悔し涙を呑んだ岸。が、喫した安打はその1本のみ。大会防御率は計8イニングで圧巻の0.00。10年ぶりにベスト4へと進んだチーム内にあって、彼は正に「スーパー1年生」的活躍を全国に示したのである。
あれから1年と少し。2年夏の甲子園ベスト8を経て、岸はエースで4番、そして「ドラフト候補」の看板を背負い最終学年を迎えている。今、彼の胸にあるものとは何か。高校レベルを超越している卓越した野球理論も含め、大いに語ってもらいました!
明徳義塾で野球の内容や質を学び「デビュー戦」へ
中央を切りながらストレートを投じる岸潤一郎(明徳義塾2年)
――岸投手といえば馬淵史郎監督がよく話す「スピンが利いたストレート」が有名です。このようなボールを投げられるようになった要因は?
岸潤一郎選手(以下「岸」) 小学校時代に捕手を経験したのが大きいですね。後ろを小さく投げる習慣はそのころ、自分でやって身につきました。ボールも捕手はまっすぐ手首でスピンを利かせて投げないといけないので。
――そこに明徳義塾での経験が加わった。
岸 そうです。明徳義塾はバックの守備がいいので、内野ゴロ打たせて取る意識が身に付きました。入学後は量もそうですが、内容や質の面でも勉強する部分が多いです。
――具体的には?
岸 入学後の僕は投手練習をしながら内野ノックや、これまで経験してなかった外野でのノックも受けていたんですが、その時も1球ずつボールの追い方、捕り方、走り方などを教えてもらったんです。
内野手であれば、打球への回り込み方や送球を今里征馬さん(現:拓殖大1年)投手としてもキャッチャーの杉原賢吾さん(現;拓殖大1年)から様々なことを教えてもらいました。
――公式戦デビューは1年生の5月の春季四国大会1回戦の川島戦。代打での登場で安打でした。
岸 『代打での登場もある』と言われていたので、バットは振っていたんです。そうしたら出番が来て・・・緊張しているとか、緊張していないとかでなく、『勝手に入っている』感覚です。
――でも、そこからはトントン拍子にいきましたね。準決勝・丸亀戦(2012年05月05日)はリリーフで6回自責点0。6月の特別招待野球・大阪桐蔭戦(2012年06月17日)でも藤浪晋太郎投手(現:阪神)から4番として先制2点二塁打。
岸 流れに乗っているだけ。体が勝手に動いてくれていました。今振り返れば何も考えていなかったです(笑)。
――ところが、夏の高知大会では3回戦・準々決勝を体調不良で欠場。
岸 精神的にはさほどではなかったですが、肉体的な疲れは知らず知らずあったんだと思います。でも、自分は4番や5番を打たせてもらっているのに結果を出せなかった。甲子園出場を決めたときも先輩は喜んでいましたけど、僕は喜べませんでした。
――それが1年夏での甲子園での活躍につながった。
岸 甲子園で借りを返さないといけないという気持ちはありましたね。
[page_break:「スピンのかかった」ストレートの秘密と「サイド転向」で得られたもの]「スピンのかかった」ストレートの秘密と「サイド転向」で得られたもの
岸潤一郎(明徳義塾2年)本人解説によるストレート投球時ボールの切り方
――ところで岸投手といえば、ストレートとスライダー、チェンジアップのコンビネーションが有名ですが。
岸 いや。実はチェンジアップは1年生の春季四国大会以来、今年の甲子園まで投げていなかったんですよ。スライダーをカット気味に投げているのが、縦スラになったり横スラになったりするので、それがチェンジアップに見えるんだと思います。チェンジアップは最近また投げ始めましたけど、課題は多いです。
――そうだったんですか。では、ストレートはどんな握りで投げているのですか?
岸 ボールを真っ直ぐ切るんです。実際にやってみると難しいんですけど。回転数の多いストレートを出すために西淀ボーイズで投げていたころから意識してやってきました。
中学時代は回転数がよくても球威に問題があって捉えられると長打になっていましたが、今では体重も増えたので、そのころより球威も増してきていることは自分でも感じています。
――では、振り返りに戻りましょう。ベスト4進出を果たした甲子園ですが、3日後には新人戦初戦。秋季大会中も岐阜国体が入りました。国体2回戦・仙台育英戦(2012年10月02日)を見ても疲労感は明らかでした。そして準々決勝・高知南戦ではまさかの敗戦。
岸 確かに疲れてはいました。ただ、それ以上に自分がやらなきゃという思いが強すぎたし、コントロールミスが多かったです。甲子園ではアウトローに投げられていたボールがシュート回転で真ん中高めに入ってきて、それを打たれました。
――冬場はその修正に取り組んだと思うのですが、春季県大会でも高知商に敗戦。
岸 勝負どころで冷静になれず秋の繰り返しになってしまいました。
――そこで大きな決断をしたわけですね。今だから言えることでしょうが。
岸 その日に明徳野球道場へ戻って(馬淵史郎)監督さんから『サイドにしてみるか?』と言われてサイドスローへ変えました。
――このサイド転向によって得られたことは?
岸 このころはアウトローを狙っていたボールが高めに浮いて打たれていた一方で、インコースへの配球がなくなっていたんです。サイドになったとき監督さんからは『右打者でも左打者でもインコースを意識して投げろ』ということを言われました。
当時、右打者へのインコースは技術的に投げられないのでなく、シュート回転して死球を与える恐怖心があって投げられなくなっていました。左打者に対しても内角を突こうとしてシュート回転するからどうしても真ん中に集まる。そんな状態になっていたんです。
ただ、ここでサイドにしてインコース主体の配球を心がけたことで、恐怖心もなくなりました。6月中旬からオーバースローに戻してからも、恐怖心が再び出ることもありませんし、ボールもシュート回転しなくなった。それが高知大会決勝・高知戦や今夏甲子園での投球につながったと思います。
また、馬淵史郎監督の岸へ対する視線は、他の選手たちへと同じく厳しく、的確で、かつ優しい。そして、そんな名将が仕掛けた大胆な意識改革により、岸潤一郎はさらなる武器を得て甦ったのである。
「この甲子園後には『投手というものは勝てばみんなが寄ってくる。打たれたら誰も寄ってこない。そういう過酷で幸せなポジションなんよ。だから、また1から努力しなきゃいかんぜ』と話しました」と語る馬淵監督。
では、馬淵監督も「いい経験をした」と振り返る今夏甲子園で彼は何を得て、これからどんな選手を目指そうとしているのだろうか?大阪桐蔭を破った「あの」試合も含めてさらに話は続く。
[page_break:「勝てる投手」になるため、全てのプロセスを考える]「勝てる投手」になるため、全てのプロセスを考える
――高知大会前には再びオーバースローに戻し、決勝戦ではセンバツベスト4の高知相手に、甲子園でも瀬戸内(2013年08月23日)、そして大阪桐蔭(2013年8月17日)にすべて1失点完投。圧巻のピッチングでした。
岸 最初は上に戻すつもりはなかったんです。でも、サイドで投げて感覚がよくなったので、監督さんに「上へ戻します」と伝えたら、『また戻すんか』と(笑)。
――馬淵監督的にはサイドのまま夏に行くと思っていたかも知れませんね。
岸 ただ、大阪桐蔭との練習試合(2013年06月16日)でも、森 友哉さん、香月一也さん、田村斗紀さんとことごとく左打者に打たれたので、上からに戻しました。
その時、馬場雄大(3年)さんからは『打たれてもお前の責任じゃない。上に戻してもオレを信じて思いっきり投げてこい』と言われて、それも好投につながったと思います。
チームメイトのアドバイスを聴く岸潤一郎(明徳義塾2年)
――となると、甲子園での大阪桐蔭戦に練習試合のデータが十分活きたわけですね。
岸 例えば森さんは外の甘いボールは叩くし、インサイドアウトのスイングは凄いんですが、それでもインコースを突けば詰まる。そこでインコースと両サイドをどう使うかを考えました。
――そう考えると、夏は尻上がりによくなりましたね。済美(愛媛)との練習試合、準々決勝の岡豊戦(2013年07月24日)そして高知との決勝戦・・・。
岸 高知戦ではインコースとアウトローの使い分けがよくできていましたね。
――ずっと言っていた「勝てる投手」になるためのプロセスを経た夏でした。
岸 自分は三振を取るタイプではなく、打たせて取るタイプだと思っています。ですから、結果的に打たれることもある。ヒットを打たれることは全く気にしていません。どんな相手に何本打たれても最終的に勝てばいい。要所を抑えればいいと思っているんです。
――その考え方は投手としては珍しいタイプだと思います。
岸 プライドの持ち方が他の投手と違うんでしょうね。安樂智大くん(済美2年)(済美高等学校 安樂 智大 投手 | 2013年インタビュー | 高校野球ドットコム)だったらズドーンと来る『球の勢い』が持ち味だと思うんですけど、僕はスーッと決まる快速球タイプ。だからアイツのコントロール重視の140キロと僕の130キロを比較すれば、切れ味は上だと思います。
――初速と終速の差がほとんどないのも岸投手の特徴ですね。
岸 そこはこだわりを持ってやっています。初速よりは終速を意識して春から投げてきました。調子が悪くても初速135キロ・終速133キロのようであれば自分はいいと思っているので。
練習試合で対戦するたび、互いの近況を報告。野球談義にも花を咲かすライバル同士だからこそ出る忌憚のない意見。全てを客観視できるクレバーさは自らを振り返る場合も同様だ。
悔やまれる甲子園準々決勝のピッチング
ワインドアップする岸潤一郎投手(明徳義塾2年)
――甲子園2回戦・瀬戸内戦の話もしましょう。山岡泰輔投手(3年・IBAF18U野球W杯日本代表)に投げ勝ちましたね。
岸 大阪桐蔭戦は5対1と味方に余裕を持てる状況を作ってもらった後でインコースを突けましたが、瀬戸内戦は緊迫した2対1という中で、腕を振っていけた。その部分では大阪桐蔭に勝ったことより嬉しかった一戦でした。
――それだけに準々決勝・日大山形戦(2013年08月19日)での内容が悔やまれますね。
岸 最後は自分の悪いところが出ました。冷静に変化球を投げればいいのに、勢いだけでストレートを投げてしまった。自分の勝負よりチームの勝負を優先させてしまいました。
インコースを突くところが、体の開きが早くてシュート回転になり、ボール1個・2個内にいってしまいました。いい時は平行移動しながら投げられていたのに、あの試合は緊張もあって1センチ・2センチのズレがホーム上で20センチ・30センチのズレになりました。悔しいですね。
「スーパー1年生」そんな称号から始まった岸の高校野球もついに最後の1年へ。最後はこれまで誰にも明かしたことのない「野球哲学」。安樂投手をどう意識しているか、そして意外すぎる「未来像」についてざっくばらんに話してもらった。
――そんな甲子園も終わり、もう最終学年。早いですね。
岸 1年生の出来事が最近のことのような気もしますが、早いですねえ・・・
――これまでは先輩たちに引っ張られる立場でしたが、今度は自分が引っ張る立場になります。
岸 自分で試合を組み立てることは2年生のときから意識はしていました。馬場さんがキャッチングやリードも経験を積んで、そこに自分の意見が加わったことで2年夏はいいバッテリーが作れたと思います。
ただ、これまで4年連続で先輩たちは甲子園に進んでいますが、それを見ている自分の代でその記録を途切れさせたら絶対に悔しいはず。練習でも試合でも引っ張っていく意識を持ってやっていきます。
――その上で、全国制覇したいですよね?
岸 したいですね。でも、そんな中でも自分らしく『気楽さ』だけは忘れないようにしたいです。
人はそれぞれのスタイルがあると思うんです。安樂くんは157キロを出してしまったことで、160キロを出すことへのプレッシャーを抱えていると思うんですけど、僕自身は2年秋の時点としてはこのボールの回転数で140キロを出せていることには満足しているんです。冬に入ったらまた一段高いものを目指すべきですが、今は140台前半や130キロ台後半でしっかり抑えることだけを考えています。シュート回転をしたらいくら速いボールでも弾き返されることは判っているので、高望みはしません。
甲子園後には一本足打法にも取り組む岸潤一郎(明徳義塾2年)
――そんな岸投手にとって安樂投手はどんな存在なんでしょうか?
岸 同級生とは思えないですね。ホントはいけないんでしょうけど、「スゲエ」って(笑)。小学生がプロ野球選手を見ていると同じくらい凄いです。
――それを認めた上で「自分には自分のスタイルがある」ということなんですね。
岸 自分のスタイルは自分のスタイルのままで。しっかりとした、回転のいい真っ直ぐを投げたいと思います。
――ここまでは投手話で進めてきましたが、打撃面はどうでしょう?今日(8月24日)は一本足でタイミングを取っていましたが。
岸 そうですね。重心が前に突っ込みすぎたり、後ろに残ったりしていたので、監督さんやコーチの意見を聞きながら修正していきたいです。
――将来的に自分では投手志望なんですか?野手志望なんですか?あるスカウトからは「捕手」という声も聞きます。
岸 自分としては与えてもらった仕事をするだけ。捕手でもセカンド送球はミットから真っ直ぐいく感覚が好きですし、サードでもショートでもやれと言われればやってみたい気持ちはある。自分の中で『どこがいい』と枠を決める気はないです。でも今は投手の仕事をがんばるだけです。
――さらに4番の重責とも改めて闘わなくてはいけません。
岸 前主将の逸﨑友誠さんや周りの3年生からは『お前が投げるときは4番ということは気にせずやれ。投球に集中しろ』と言ってもらっていたので、気楽に打席に立てていました。これからはそういうわけにはいかないと思いますが・・・。
[page_break:目指したい野球選手像とは?]目指したい野球選手像とは?
――ポジションの話はおいといて、目指したい野球選手像というものはありますか?
岸 二刀流とはいかないまでも、何でもできたらいいですね。糸井嘉男さん(宮津高→近大→北海道日本ハム→オリックス)はプロ入団当時は投手で後に野手転向しましたけど、そういうパターンがあってもいいと思いますし。その一方で、保育士になりたいのもあるんですけど。
――野球選手でなく、ですか?
岸 子どもが好きなので。最初は保育士になりたかったんです。今は野球選手経由でもいいかな、と思っていますけど。
――とはいえ周囲は「高卒でプロ入りも十分」という評価です。
岸 プロに行きたくないわけではないし、高卒でいけるものならいきたいとも思っているんです。でもプロってそんなに簡単な場所ではないでしょう。実際にやったらすごい楽しいところだと思いますけど『今のボールのキレやコントロールでプロに行けるのか?』ということは常に考えています。
岸潤一郎(明徳義塾2年)本
――となるとプロ野球を見ても自分と似た選手に目がいきますか?
岸 攝津正さん(秋田済法大付<現:明桜>高校→JR東日本東北→福岡ソフトバンク)のプレーは藤山晶広コーチからも言われて気にしています。僕も周りをしっかり見てコントロールで勝負するピッチャーにはなりたいですね。
監督さんからも『お前はスピードがなくてもストレートをしっかり投げられる速球派になれ。絶対にお前は変化球投手になるな』と言われているんです。
スピードは確かに大事ですけど、ストレートはそれだけではない。伸びだったり、キレだったりが大事。この夏の甲子園でも大阪桐蔭のバッターはみんなストレートを得意にしていましたが、それでもしっかりコースに投げれば打たれないことがわかりました。
カットボール、スローカーブ、縦のスライダー、甲子園・大阪桐蔭戦では森さんを6回に打ち取ったフォークや、チェンジアップと投げられる変化球はありますけど、あくまでストレート主体を活かすものにしたいです。
そして今自分が課題にしているのは、変化球でカウントを取れるようにすること。それができて、ストレートでも打てないコースを見付けて投げる。そうすれば、もっと楽な投球ができると思っています。
――とても、自分のことを知り、考えていますね。
岸 でも、真っ直ぐ以外に自信のある球はありませんよ(笑)。あとはリラックス。自分をコントロールしてボチボチで投げられる精神状態を作りたいです。
――では最後に今後の抱負を。
岸 甲子園というより全国大会に出る嬉しさはいつもありますが、そこで勝つために僕らはやっているので。このチームで全国大会に出て、高知県や四国大会で投げている時と同じように自分の投球をしていきます。
これらの目標が達成できれば正に「神の領域」。それでも彼は確かな根拠に基づき、本気でこの高みを目指している。インタビュー最後には「ボールがキャッチャーミットに吸い込まれる感覚が好きなんです」と投手の楽しみを人なつこく話した岸潤一郎。しかし、その童顔にはすでにプロフェッショナルの香りがそこはかとなく漂っている。
(インタビュー・寺下 友徳)