試合レポート

済美vs済々黌

2013.03.30

安樂智大に江夏豊のノーヒットノーランを見た

 最大の注目は済美の2年生エース、安楽智大(2年)が初戦の広陵戦に続く快投を見せるかどうかだった。持ち味である豪快なフォームから繰り出される150キロ超えの剛速球こそ影をひそめたが、丁寧に低めを突いて緩急を操る姿からは別の魅力が垣間見えた。

 済々黌打線は8個の三振を喫し、そのうち5個は見逃しだった。安樂のストレート、スライダーのキレがよかったことは確かだが、5個の見逃しからは狙い球を絞って打席に立つ済々黌打線の不気味さのほうが伝わってくる。

 大きなスイングを封印し、フォローを抑えた小さなスイングでストレートに的を絞り、センターから逆方向へ狙い打つ済々黌打線は中盤まで明らかに安楽を追い詰めていた。1回は一、二塁、3回は満塁、4回は一、二塁、5回は一、二塁といずれも1死からチャンスを作り、このうち得点になったのは5回の1点だけ。拙攻というのではない、安楽がよく凌いだと言うべきだろう。

 強打の波状攻撃だけではなく、済々黌各打者はなかなかの“役者ぶり”を発揮していた。2回には2番川原諒平(3年)が、4回には8番小林太一(2年)が死球を得て出塁しているが、地方大会なら「ボールをよけていない」という理由で死球にならなかった可能性がある。実際それくらい微妙なよけかたで、当ったあとのアピールなどもなかなか堂に入って、観戦ノートには「アカデミー賞もの」と書いた。

 こうした済々黌の多彩な攻めに遭っても、安楽は凌ぎに凌いだ。ストレート狙いを逆手に取るほど多種多様な変化球を持っているわけではない。資料にはスライダー、カーブ、シンカー、ナックルと持ち球が紹介されているが、確認できたのはほとんどがスライダーで、たまにカーブがくるくらいである。それでも安楽は凌いだ。

 徹底したのは低めへの意識だ。広島広陵戦(2013年03月26日)は初戦ということもあり、自らのスピードの限界に挑戦するような粗っぽさがあった。しかし、この試合ではスピードを130キロ台後半から140キロ台中盤に抑え、外角低めを中心にしながらコーナーワークに心を砕いた。ここにスライダーを基調とした変化球を挟んで、緩急にも意識を集中した。


 与四死球は四球1、死球2。死球は川原諒平小林太一の演技がもたらしたもので、制球の乱れというわけではない。たとえば3回の1死一、二塁で打席に立った3番大竹耕太郎(3年)には次のような配球で攻めている。

[1]内角141キロストレート(ボール)、[2]内角低め142キロストレート(ファウル)、[3]内角高め139キロストレート(ボール)、[4]内角141キロストレート(ファウル)、[5]外角低め119キロスライダー(ボール)、[6]低め141キロストレート→遊撃失

 ショートのエラーで満塁のピンチを招いているが、この難敵に低め中心の配球で凌ごうとする姿は伝わると思う。

 試合は7回が終わるまで1対1の膠着状態が続き、私は済々黌が勝つと思っていた。しかし済美は8回表、2死一、二塁のチャンスに打席に立った安楽智大が左中間に2点タイムリーとなる三塁打を放ち、試合を決めた。息詰まるような展開にあって初球から強打するのは度胸がいるが、安樂は初球の外角高めのストレートをおっつけて流し打った。二者が生還するシーンを見て、私は1973年8月30日の中日戦でノーヒットノーランを演じた江夏豊(当時阪神)を思い出した。

 江夏は延長11回表まで中日打線にヒットを許さなかったが、味方打線も左腕、松本幸行の前に沈黙を強いられ0行進が続く。この膠着状態を打ち破ったのが江夏自身で、松本の初球をライトラッキーゾーンに運び、延長11回の激闘に終止符を打った。

 この江夏の偉業に匹敵するとは言わないが、安楽の偉業も長く語り継がれていくと思う。思い返せば広島広陵戦(2013年03月26日)でも6回に先制点となる2点二塁打を放っているのだ。特別いい打ち方をしているわけではないが、ここが勝負のポイントと見定めたときの集中力には目をみはるものがある。次戦は大阪桐蔭を下した県岐阜商が相手。またドラマが演じられそうな予感がある。

 なお、済々黌の敗退によって九州勢は参加全校が姿を消した。

(文=小関順二)

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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