敦賀気比vs京都翔英
試合中の一つのプレー・瞬間のジャッジで大きく結果が変わってくるのが野球である。
今大会、松倉雄太が試合を決定づける「勝負の瞬間」を検証する。
開き直りの条件が整う
5対5で迎えた7回裏、敦賀気比は一死満塁でフルカウントから、6番小林優大(3年)が押し出し選び勝ち越し。これが決勝点となって、近畿王者の京都翔英を破った。
「1回表の2失点を早めに取り返せて良かった」とゲームを振り返った敦賀気比の喜多亮太主将(3年)。勝利の裏にはエース・岸本淳希(3年)の好投と、二度の開き直りがあった。
1回表のマウンドに立った岸本から、京都翔英の1番小谷実希也(3年)がライト線へ二塁打を放つ。2番田中鳳真(3年)のプッシュバント(記録は犠打)や、4番榎本和輝(3年)の四球などで二死一、三塁となった。
打席は5番中村陽和(2年)。2ボール1ストライクとなっての4球目、一塁走者の榎本が盗塁を仕掛けた。キャッチャーの喜多は一瞬投げようとするが、三塁走者の小谷が飛び出すのをみて三本間で挟む。ところが、狭殺プレーに入ったピッチャーの岸本と、走者の小谷が接触。岸本は落球してグラウンドにうずくまっている間にもインプレーが続いて。榎本までが本塁へ生還した。
ほどなくして岸本は立ち上がるが、敦賀気比の東哲平監督は喜多主将を通じて守備妨害の確認を行った。喜多が西貝雅浩球審との会話を説明してくれた。
「故意にぶつかりにいったんじゃないですかと質問しましたが、あれは突発的で故意ではないと説明してくれた。審判さんの判断でインターフェアは適用されないとのことでした」。
接触がタックル気味に見えたことは高校野球のマナーという部分で今後の反省材料にしてほしいが、走者は走路をしっかり守って走っていたのと球を落とす意図がなかったことで、守備妨害ではないと判断されてプレーは流された。ルール上はまったく問題のないプレー。ただ、インプレーの確認が遅れている間に2点目を挙げられたことが敦賀気比にとって不運だった。
状況をすぐに理解した喜多主将は、エースの体の状態を気遣った。
「最初は心配でしたが、いけそうだったので」と喜多はホッとした心境を話す。二死走者なしで中村を三振に切り、1回表を2失点で終えた敦賀気比。アクシデントに襲われた岸本が力投する姿を見せたのと、まだ1回表のことで、敦賀気比にとっては9イニングまるまる攻撃があったことが、ショックから開き直される要因にもなった。
喜多主将は話す。
「ミスでもないですし、打たれたわけでもないので、そんなに痛い2点ではなかったです」。
1回裏こそ無得点に終わった敦賀気比打線だが、2回裏に反撃。先頭の6番小林がレフトオーバーの三塁打で出ると、7番岩田晋弥(3年)がタイムリー。さらに二死一、二塁と場面を進めて、2番米満一聖(3年)が右中間へ逆転3ランを放った。
「ホームランは初めてです。まさか入るとは」と自分でも予想外の一発に驚いた米満一。喜多主将も、「あいつは低めの変化球がめちゃめちゃ強く、練習でも調子が良かった。あの一発は効きましたね」と見事な逆転劇に目を丸くした。
チーム全体では、低めのチェンジアップとスライダーを捨てて、浮いて甘く入る球を狙おうと意思統一。京都翔英エースの榎本は、微妙な制球にも苦しんでおり、敦賀気比打線はそこにもつけ込んだ。
ただ、ゲームの流れは一旦止まる。1回戦(対沖縄尚学)以上にスライダーがキレ、直球も走っていた岸本は、初回のアクシデントを感じさせないほどのピッチング。京都翔英の榎本も立ち直って3回、4回と三者凡退に抑えた。
次にゲームが動いた5回表が、敦賀気比陣営にとって二度目の開き直りとなる。
岸本は先頭の7番平垣内寛也(2年)を打ち取るが、8番八木剣奨(3年)には粘られた末に四球を与えてしまう。9番西岡田聖(3年)にヒットを浴びて一死一、二塁とピンチを背負った。
続く1番小谷は初回に二塁打を浴びている打者。マスクを被る喜多主将にとっては、中学校のクラブチーム時代のチームメートでもあった。
岸本、喜多のバッテリー対小谷。その初球、振り抜かれた球はレフトスタンドへと吸い込まれていった。中盤にゲームをひっくり返す3ラン。両チームの選手がビックリというの表情を見せ、一塁側の京都翔英サイドはビックリから歓喜に変わった。
打った小谷はこの時の気持ちを話す。
「初球から打っていくことを狙っていました。しっかり上からコンパクトに振ろうと。ホームランになるとまでは思っていませんでしたが・・・」。
一方、打たれたサイドの喜多は別の感情を持っていた。
「外角の直球を要求したが、シュート回転してしまった。でもあれがホームランで良かったんじゃないですかね。三塁打とかでは(逆に)痛かった」。
この場面の考え方は様々だ。打った小谷の一発は見事なもので、劣勢だったチームは一気に盛り上がった。逆に敦賀気比も一発を浴びて逆転を許したが、走者がいなくなったことで、開き直る気持ちで次の中軸へと立ち向かうことができたのだ。
勝負の瞬間(とき)は次の2番田中の場面。
結果は空振り三振に切った敦賀気比サイドに軍配が上がった。
膠着状態のゲームが一度動き始めると、次の回はもう一回動くというのが野球の常の一つでもある。
直後の5回裏。先頭の2番米満一が今度は三塁打を放つと、3番山田誠也(3年)がサードを強襲するタイムリーを放ち、ゲームは振り出しに戻った。
結局7回に押し出し四球で決勝点を挙げた敦賀気比。エースの岸本が京都翔英打線に浴びたヒットはわずかに3本。失点が不運な初回と、本塁打の5回だけだったこともあり、それ以外は余計な走者を出さなかったこと。そして結果論ではあるが、京都翔英にとっては本塁打と後の攻撃が終盤でのポイントになった。
目の前ではマイナスと思えることが、考え方次第ではプラスにすることができる。5回の一発で逆転された時、走者がいなくなったことをプラスと考えた敦賀気比がこのゲームの勝者となった。
敗れた京都翔英の太田弘昭監督は、「私のデータ不足です」と敗因は自分にあるとコメント。岸本に予想していた以上のピッチングをされてしまったことに脱帽の様子だった。
「もう一度、山口(翔悟=3年)キャプテンのチームでここに戻ってきたい。そして敦賀気比に勝ちたいですね。明日から夏へ向けて練習します」と最後は前向きに話した。
初出場の甲子園。選手は勝負に敗れた悔しさはもちろんあるだろうが、素晴らしい宿題を与えてもらって夏を目指す。
(文=松倉雄太)