県立岐阜商vs大阪桐蔭
試合中の一つのプレー・瞬間のジャッジで大きく結果が変わってくるのが野球である。
今大会、松倉雄太が試合を決定づける「勝負の瞬間」を検証する。
先制打!次の瞬間に見えたわずかな隙
慌ただしいゲームだった。
まず試合前には、前日の練習中に右足ふくらはぎに打球を受けた大阪桐蔭の森友哉主将(3年)が出場できないことが判明。キャッチャーの基本姿勢であるしゃがみができず、全力疾走をすることもできなかった。この状況では、ゲーム終盤の代打どころか、伝令としてマウンドへ行くこともできない。本来4番の近田拓矢(3年)に次ぐ負傷に西谷浩一監督は苦しい胸の内を話した。
「試合に使わないというより使えないという状況。結局走れないわけですから。伝令としてマウンドへ行くのも無理だと思いました」。
次の出来事は5対4で迎えた6回表。
リードしていた県立岐阜商だが、エースの藤田凌司(3年)が打席の時に死球を右足脛付近に受けた。この攻撃中は臨時代走が出て治療を施すが、痛みは次第に増す。昨秋の公式戦でもほとんど一人で投げ抜いてきた絶対的左腕。父でもある藤田明宏監督は交代を決断できなかった。
終盤はほとんど気力だけ。8回に回ってきた打席でも、無理をせず凡退し、その後のピッチングのことだけを考えた。
そして9回裏に起きた3度目の出来事。
大阪桐蔭は二死から2番峯本匠(2年)がヒットで出塁し、3番笠松悠哉(3年)は相手内野手のエラーで繋いだ。打席は4番の福森大翔(3年)。マウンドの藤田凌司は痛みに耐えながら渾身の一球を投じる。福森はそれを打ち返して、センター前へ。二塁走者の峯本を本塁へ突入させようと腕をグルグル回したのは三塁ベースコーチの高木俊希(3年)。
だが、センターの青木翔哉(3年)が投球直前に一歩、二歩と前進。これに気付けなかった高木と峯本は本塁を狙う。「青木があれだけすごい返球をするのを初めてみた」と県岐阜商ナインが目を丸くするストライク返球。キャッチャーの神山琢郎(3年)がキャッチした時、走者の峯本はまだ本塁突入の前だった。焦った峯本は本塁のかなり前からヘッドスライディングを試みる。神山の体と激突し、ボールはミットからこぼれた。
『セーフ』と主張する峯本に対し、橘公政球審は危険なプレーとして守備妨害をとり、ゲームは終わった。
「自分が悪かった」と呟いた峯本。一方の神山は勝ちが決まった直後にうずくまった。右手首を強打し、全治2、3日の捻挫と診断された。
「センターが良い送球をしてくれた。絶対に落としてはいけないと思い、タックルに耐えようとしました。力で持っていかれましたが」と神山は話す。最後の瞬間を、「自分はグラットしたが、他の選手が喜んだのが聞こえてきた」と勝ったことにホッとした気持ちだった。
この最後の場面。県立岐阜商サイドは反撃と球場の雰囲気に押されながらも、「最悪1点取られての同点は仕方がない」と考えていた。ただ、投球直前に思い切って前進したセンターの青木はファインプレーだと言える。そして危険なタックルにも体を張った神山のガッツが大きなケガに繋がらなかったとも捉えられるだろう。
逆に走者を本塁へ突入させた高木の判断について西谷監督は、「どういう状況で回したのかはこれから本人と確認をしなければいけませんが、チームとして選んでいるランナーコーチなので、あくまでチームの戦術で負けたということです」とチーム全体の総意であるという見解を示した。
さて、このゲームで勝負における最大のポイントは1回裏の大阪桐蔭が先制した場面にある。
立ち上がりの藤田凌司から、先頭の森晋之介(2年)が右中間を破る三塁打を放つ。2番の峯本が倒れた後、3番の笠松がセンター前へタイムリーを放ち1点を先制した。
勝負は次の瞬間!
県立岐阜商守備陣の返球が大きく乱れた。球を処理していたのがキャッチャーの神山。だがこの時、一塁ベース上の笠松はインプレーの状態にも関わらずフットガードを外していた。
ベンチのほぼ全員が『二塁を狙え』と指さすが、反応が遅れてしまった笠松。直後に審判団は通常のタイムをとった。
「一生懸命やっている中ではありますが、あのあたりがまだまだ甘いところですね。(私の)指導が足りないところだと思います」と西谷監督は唇を噛みしめる。
処理をしたキャッチャーの神山は、「自分にも隙があったので何とも言えないのですが、あそこで走らなかったのはラッキーだと思いました」と話した。
この後、5番辻田大樹(3年)のタイムリーで笠松は2点目のホームを踏んだが、隙を突けなかったことが、2回表の逆転にも繋がっている。この4失点が最終的に決勝点。わずかな綻びが、少しずつゲームに影響したのかもしれない。
ゲームをひっくり返した後の県立岐阜商では、キャッチャー・神山のリードが冴えていた。「大阪桐蔭打線は他のチームが振ってくるスライダーを見切っていた。でも(藤田)凌司は初球のカーブでストライクを取れるとリズムに乗る。前回も同じでしたが、終盤はそれが出来ていた」とエースの力を讃えた。
さらに「四球が少なかったことも良かった」と続ける。地方大会で大阪桐蔭に敗れるチームは、打者を警戒するあまり余計な四死球を与えてしまうことが多い。昨秋の公式戦では36校中2位の平均四死球(7.09)を選んでいた大阪桐蔭打線に対し、この日藤田凌司が与えた四球は2つ。余計な四球と言えるのは、2回に二死走者無しから相手ピッチャーの網本光佑に与えたものだけだった。
この四死球の少なさが、神山が組み立てる配球に好影響を与えているのは間違いない。
神山は打撃でも2回にサードのエラーを誘って出塁。勝ち越した後の3回には冷静に相手投手の配球を読んでタイムリーを放った。ここぞという場面で頼りになる選手である。
敗れた大阪桐蔭では、森友に代わって先発マスクを被った久米健夫(3年)が懸命に投手陣を支えた。公式戦での経験が少ないのは否めない。だが、2回に無死一、二塁で相手サイドがバントを見せかけた場面で冷静にピッチドアウトをして二塁走者を刺した。森友の活躍で出番は少なかったが、副主将でもある久米の存在を西谷監督は重要視している。
「森友哉が(18U世界選手権で)いない時に一番頑張ったのが久米。今日は非常にプレッシャーがあったと思いますが、よくピッチャー陣を引っ張ってくれたと思います」と収穫を口にした。
この春は不運が相次いで、返還した優勝旗を取り返すことができなかった大阪桐蔭。しかし、新たな発見と課題を得て。夏に再び大優勝旗を全員で返還するためのスタートを切る。
「このチームは秋の大阪、近畿も優勝できていない。この負けも踏まえて夏に備えないといけない」と指揮官は締めくくった。
(文=松倉雄太)