無死満塁からの怖さ・・・ 愛工大名電vs宮崎西 第84回センバツ
第84回選抜高等学校野球大会 1回戦。明治神宮大会準優勝の愛工大名電と、九州大会ベスト8宮崎西の一戦。
力勝負では差があると予想された両校の戦いは、序盤から思わぬ展開になった。流れを掴みきれない愛工大名電に4回の攻撃で訪れた無死満塁のチャンス。
この無死満塁の両校の攻防を徹底解剖。
嫌な流れの愛工大名電 必死に守る宮崎西
【戸高(宮崎西)】
「良い当たりをしても正面にいく。嫌な感じはしていました」(愛工大名電5番打者・松岡大介)
宮崎西としてはこれ以上ない展開で序盤を終えた後の4回。愛工大名電はビッグチャンスを迎えた。先頭の4番・佐藤大将のレフト前安打、松岡の四球に続き、鳥居丈寛の送りバントが失策を誘って無死満塁。打席に入ったのは7番・中野良紀。
守る宮崎西の野手陣がとったのは、併殺狙いの中間守備。中野のカウントが1ボール1ストライクになり、愛工大名電の倉野光生監督が動いた。中野はバットを寝かせる。策はセーフティスクイズだった。
一般的に無死満塁というと、見ている方は大量点をイメージする。一人目の打者が打てばビッグイニング。何かしかけるとすれば、一人目がアウトになった場合の二人目の打者のときが多い。なぜ、ここでスクイズを選択したのか。倉野監督は言う。
「ノーアウト満塁は点が入らないものだと思っているんです(笑)。周りは3点は取って当たり前だと言うけれど、3点を取ろうと思ったら大間違い。守る方もそうですが、バッターもランナーも監督の采配もプレッシャーがかかるんです。だから、ごまかしてでも1点を取れればいいかなという気持ちがあった。
外野フライでタッチアップできれいに取るなんてなかなかできなくて、たいがいは打たせると内野フライ。ゴロを打てば、どこへ打ったってダブルプレーですから、ホントに点が入らない。ということは、スクイズだと(笑)。1点を取ると、気楽になるから意外と外野フライが出たり、相手もガタガタッといく可能性がありますからね」
三塁走者がスタートするスクイズではトリプルプレーを招く可能性があるため、リスクが大きい。そこで、倉野監督はセーフティスクイズを選択した。
緊張する場面だが、打者の中野は冷静だった。
「前のバッターもバントだったし、続けてバントがあるかなと思っていました。(サインを見て)やっぱりきたなという感じでしたね」
中野のスクイズバント。2回に守備でミスをしているファーストを狙って転がしたところまでは狙い通りだったが、フォースプレーのため三塁走者の佐藤は本塁で封殺。この場面では失敗に終わった。
「自分的には良いバントだと思ったんですけど。ちょっと強すぎました」
と中野は悔しそうに振り返った。
1死満塁となって、打席には投手の濱田達郎。連続スクイズも予想されたが、ここでの倉野監督のサインは「打て」だった。強攻策に変えた指揮官の狙いはこうだ。
「ピッチャーの場合は失敗したときにピッチングに響くんです。バントするときに手に当てるのも怖いですし。(だから)ピッチャーは振らせた方が気楽。勝つためにはスクイズさせないとダメだと言いますけど、(失敗したときに)意外とダメージが大きいんですよねぇ」
だが、濱田は1ストライクからの2球目を強振するが、結果はファーストゴロ。全力疾走で併殺こそ逃れたが、2死となり、最悪の無得点に終わる可能性も出てきた。
「打つ気は満々だったんですけど…。あそこで終わると流れが悪くなる。一塁でこれはまずいと思っていました」(濱田)
無死満塁の大チャンスで無得点に終われば、流れは完全に相手に傾きかねない。次に打席に入る打者の結果が大きく試合を左右するのは間違いない状況であった。
[page_break:]キャッチャーならではの第三者目線
【中村(愛工大名電)】
そんなプレッシャーのかかる場面で打席に入ったのが9番の中村雄太朗。両打ちの登録ではあるが、秋までは左打席に立つことがほとんどで、俊足を生かしてセーフティーバントを試みることが多かった。ひと冬を越えて、今大会では右投手相手にも力のついた右打席をメインにしていた。その中村がこの時の心境を話す。
「ノーアウト満塁になったときは、小技もあるし、1点は絶対入ると思っていました。ワンアウト満塁でも濱田が打つと思っていたので焦ってなかったのですが、ツーアウトになって、自分が点に絡むことをやらないとまずいなと……。点を取れなければ、一気に向こうのペースになるなと思いました」
だが、そんな場面でも中村に気負いはなかった。初球、2球目をともにバントの構えで見送り、カウント1ボール1ストライク。そして、3球目。外角低めのストレートをとらえた。レフト前に運ぶ2点タイムリー。貴重な追加点をもたらした。
「バッティングは1球勝負だと思っているので、積極的にいきました。(緩い球を)ひきつけて打とうという意識があったので、低めの球だったけどいい当たりが打てました」(中村)
おそらく、秋までの中村ならセーフティーバントが予想された場面。だが、冬場に課題だった打撃に練習を割き、振り込んできたという自信。それに試合前に話した「(今は)ボールがよく見える」という好調さがここでの打撃に繋がった。
そして、もうひとつ、中村が冷静さを保てた理由がある。それは、中村がキャッチャーだということだ。
名電側から見れば、大チャンスが一転して無得点の危機。だが、宮崎西側から見れば、無死満塁を2死満塁にまでこぎつけ、ホッとするところでもある。しかも打順は9番。中間守備を敷いて1点は覚悟したはずが、「0点で終われるかもしれない」という色気が出てもおかしくない。
「自分たちもそうですけど、ツーアウトを取って安心することが結構あるんです。安心したときは、甘いところに来る」
中村は冷静に読んでいた。キャッチャーならではの、第三者目線。これがあったからこそ、いつもどおりの打撃ができた。事実、戸高が中村に投じたのはすべてストレート。持ち味の緩急を使う余裕が失われていた。
「次を(打ち)取れば、展開が変わったのに……。あそこでしっかり打たれたのは悔いが残ります」
と話したピッチャーの戸高。
結果的に、この2点が勝負を決めた。愛工大名電は5回に3点、7回にも2点を追加。濱田の無四死球14奪三振の好投もあり、終わってみれば8対0で完勝した。
倉野監督が、「あそこで点が取れなかったら非常に嫌だった」と振り返ったように、もしあの場面で点が入らなかったら、焦りが生まれて、愛工大名電打線は戸高の遅球に完全にハマっていた可能性もあった。
だが、中村の一打、捕手目線からの冷静さがそうなるのを救った。
大チャンスが大ピンチになりかねない。それが無死満塁からの怖さなのだ。
(文=田尻賢誉)