県立糸満高校(沖縄)
一昨年の夏、エース宮国椋丞(現・巨人)を擁し、沖縄大会の決勝で興南に敗退。しかし、その翌夏、2年連続で決勝戦へ進むと、中部商を破って、悲願の甲子園初出場を果たした。昨秋も県大会を制して九州大会に出場を決めるなど、いま、沖縄で勢いがあるチームの一つである。その糸満を率いているのが上原忠監督。今回は、上原監督にお話しを伺いました。
優勝をかけたシフト判断は選手自身で
練習場の横に掲げられている言葉
「去年の夏、なぜ決勝で勝てたか?というと正直、分からないです。それでも、他のチームと違うところでは、試合ではいつも、私からサインは出すんですけど、試合中にタイムを掛けるタイミングなどは、全て自分たちでやっていたんですよね。
あの(中部商との)決勝戦は、2対1でリードして迎えた9回表に、ワンアウト満塁のピンチを迎えました。これまで打率5割を打っている打者に打順が回ってきて、その次も1番バッターと、大ピンチだったんですが、あえて私からは指示を出さずに、選手たちで(タイムを取って)考えていました。
そこで何を決めるのかというと、守備位置なんですね。
選手たちは自分たちで話し合って、セカンドとショートがバックホーム(シフト)で前進しました。セカンドでダブルプレーをとる中間守備だと、ヒットゾーンが狭(せば)まります。でも、前進守備だとホームではアウトになるけど、抜ける可能性がある。それでも、この場面で子どもたちが話しあって決めた結果が、前進守備だったんですね。もし抜けなければゲッツー。でも、ヒットが出れば2点を返され逆転の場面でした」
なぜ、糸満ナインはこの時、前進守備をとったのだろうか。
「誰もが、この守備ではダメだろうと思ったようでしたが、私たちにも事情があったんです。うちのピッチャーは前日から2日間ずっと投げていて、一方で相手のピッチャーはものすごく体力があったんですよ。それで、もしも延長戦に入ったら、うちのピッチャーが先にヘトヘトになってしまう。だから、ここで勝負を決めたかった。
負けたら負け。延長戦はあえて考えないことにしました。今までも、責任を持って選手たちの意志で決めて試合をし続けてきたのだから、最後だけ私が指示を出したら負けていたかもしれません。結局は、ツーシームを投げて、サードゴロ。キャプテンが打球を取って、ホームゲッツーでアウトを取って、甲子園を決めることが出来ました」
これまで上原監督が、選手の自主性を大切にして指導にあたってきたからこその結果だったのだろう。
また、驚くべきことに、昨年の糸満野球部は、校舎の改修工事のため、夏の予選前までグラウンドを使うことが一切出来なかった。グラウンドの片隅に設けらた僅かなスペースで、練習に取り組んできたのだという。
限られた環境で頂点を掴む方法
伸びない選手10カ条
「校舎の改修工事の期間もそうですが、もともとうちは、グラウンドの半分だけしか使えなかった。それも平日の2回だけ。練習時間も、うちは学業を重んじる文武両道の学校なので、19時までしか出来ません。常に限られた場所と練習時間で、鍛えていかなければならない。
だからこそ、例えば興南の練習方法などを全部真似してやったとしても、私たちの場合は結果に結びつかないと思うのです。環境なども違うのですから。ただ、興南はその道で、優勝して先に山の頂点に登られた。だから、僕たちは違う道で興南を追いかけているんですよね。道はちょっと平坦で長いのかもしれないし、もしかしたら崖っぷちかもしれない。でも糸満はここから目指していく。この環境で頂点に登りたいんです」
昨夏、そして現在も上原監督は、どんな山の登り方を考えているのだろうか。
「私学の高校と比べて、何とか同じように環境や条件などを補おうと思っても無理だなと思うんですよね。時間もお金もかけず、それ以外で勝負出来るのは『意識』じゃないかなと。監督の意識じゃなくて、子どもたちの意識。意識が変わればもしかしたら勝てるかもしれない。
グラウンド風景
どう意識を変えるかというと、やっぱり自分の意志で取り組むことだと思うんです。野球が大好きで、朝早く起きて野球がしたい、もっと練習したい、でも時間が限られている。だから集中して意欲的に練習に取り組む。そういう意識を選手に持ってもらうしかない。そうすると勝てる可能性が出てくる。違う山道を登って頂点を目指すことが出来るんです」
昨夏の沖縄大会での優勝は、そうやって糸満ナイン全員がその道を信じて登ってきたからこそ、掴むことができた。
「与えられた環境で、感謝の気持ちを持って野球に取り組みたい」
そう口を揃える糸満ナインと、上原監督のこの夏への思いはもちろん、「沖縄大会連覇」であり、昨夏は果たせなかった甲子園での勝利だ。