試合レポート

愛工大名電vs東邦

2011.07.30

ゲームプランとマネージメント

 予定通り、だった。

1年生の三倉進がエースナンバーをつける東邦。春の大会でも継投策でベスト4に勝ち進んだように、軸になる投手が不在だった。
そんな中、大会前から急成長を見せたのが左下手投げの変則投手・渡邊翔太。「背番号を決めた時点ではあの番号(10番)だったけど、そのあとに伸びてきた。大会に入ったときから、後ろ(大会の後半)は渡邊で行こうと決めていた」(森田泰弘監督)。

大会初先発は、迷いなく任せたマウンドだった。
その期待に応え、渡邊は好投を見せる。120キロがやっとのストレート、100キロを切るカーブを武器に、一塁手のところに偵察メンバーを使うなど、相手先発を読みきれなかった愛工大名電打線を翻弄。2回に1点を失ったものの、4回まで5三振を奪って1失点に抑えた。
5回に味方打線が3点を取って逆転。守りに関して、ここまでは先発起用同様に“予定通り”だった。

 一方の攻撃面では、予定通り、とはいかなかった。
初回無死一塁の強攻策は投手ゴロ併殺。2回は相手ミスでもらった1死一、二塁で二塁走者が「サインも出ていなかったのに」(森田監督)けん制に誘い出された。
3回には、1死一塁から走者だった投手の渡邊が盗塁死。打者・柴田洋輝がエンドランのサインを見落としたためだった。さらに柴田洋は、渡邊が全力で走ったにもかかわらず次の球を簡単に打ち上げ、休む時間を稼げない。
こうした積み重ねが、慣れない先発に加え、愛工大名電相手で神経を使っていた渡邊の体力を奪っていった。

毎年のことだが、愛知県の日程は選手泣かせだ。
今年も、5回戦から休養日なしの4連戦。猛暑の中、過酷な体力勝負を強いられる。主に抑えとして登板していた渡邊は5回戦で3回、準々決勝で1回3分の2を投げている。下半身の粘りが必要な下手投げだけに、少しでも登板イニングを押さえたい。組合わせに恵まれ、この2戦は知多翔洋、吉良と公立勢を相手にした東邦。にもかかわらず、3対2(サヨナラ)、3対1と苦戦したことで渡邊が3日連投になったことは“予定外”だった。大会通算では、渡邊は15イニングを投げ、7安打2失点。
「渡邊は体力がね……。できれば、ここまで使わずに迎えたかった」(森田監督)
 変則派だけに、体力を温存し、なおかつ隠しておきたかったというのが本音だった。

そして、5回。渡邊がつかまる。
「それまではウチの打者が空振りしていたのに、あの回は空振りがなくなった。疲れたのかなと思いましたね」と愛工大名電・倉野光生監督が言うように、急に球の切れが失われた。先頭の濱田達郎に豪快にライトスタンドに運ばれると、ショートの悪送球、自らのバント処理ミスでピンチを招き、田中彪に同点打、佐藤大将にランニング本塁打を浴びて一挙5失点。前日、「投手は1人2イニングを全力でいってくれれば」と報道陣に三味線を弾いてまで渡邊先発を隠した森田監督のプランは崩れた。“予定外”に、渡邊はこの回でマウンドを降りることになった。


 それでも、6回。東邦に願ってもないチャンスが訪れる。先頭の田中雄也が二塁打、続く林秀祐が四球で無死一、二塁。ここで打席には7番の里園公基。初球の送りバントがファールになったことで、森田監督は勝負をかけた。2人の走者がスタートし、里園が打つヒットエンドラン。
「練習試合でもやっている。いつもやっている、いつも通りのサインです」(森田監督)

だが、濱田の投球は内角高めへのストレート。里園の打球はショートフライで走者は進塁すらできなかった。
「送っても打順は8番、9番だし、ここで勝負をかけようと。うまくいけば3、4点取れるかもしれない。この際、一気にいこうという気持ちでエンドランをかけました」(森田監督)

練習試合から多用している“予定通り”のエンドランだったが、“予定外”があった。愛工大名電の捕手・清岡伸次が予測していたのだ。
「秋に対戦したときも一度エンドランをやってきたんです。そのときはピッチャーが一塁ランナーで2球目でした。一、二塁でもファールになったけど、やってきていた。あるなと思っていました」(清岡)

そして、もうひとつ、清岡が予測できた要因となったのが3回の渡邊の盗塁死だ。実際はエンドランだったが、打者がスイングをしていないため、清岡は単独盗塁だと思っている。だから、こう考えた。
「ひとつ刺しているので、普通に(盗塁で)はこない。一、二塁では動いてくると思っていました」(清岡)
最速146キロを誇る左腕の濱田。その豪腕に対し、先を読んだ清岡が、バントがしづらく、打っても逆方向に打ち返すことは難しい内角高めのストレートを要求したことが東邦ベンチには“予定外”だった。

森田監督にとって、最大の誤算が渡邊のスタミナ切れ。
そして、これを招いた3回のエンドラン見落としが、6回の勝負のエンドラン不発にもつながった。この試合までに渡邊を温存する展開にできなかったこと、渡邊が走者にもかかわらず走らせたこと、アウトになった直後に休まそうという気持ちがチームメイトから見えなかったこと……。“予定通り”の渡邊先発だったかもしれない。序盤の好投を見る限り、策としても成功といえるかもしれない。名電に勝つには、それしかなかったのは事実だ。
だが、惜しまれるのは、チームからはそういう意識が見られなかったこと。もし、チーム全体に渡邊の体力を気にする気持ちがあれば……。合言葉である「夢を夢で終わらせない」を実現させることができたかもしれない。

(文=田尻賢誉

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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