智辯学園vs高田商
高田商が見せたチャレンジ
大敗だった。
0-10というスコアだけをみれば、そう見えた試合である。
だが、敗者・高田商のチャレンジは大いに評価したい。
高田商が見せたチャレンジ。
それは、今大会、一度の登板もなかった左腕・角谷を先発に立てたことだ。就任2年目の豆越監督が起用の理由を語る。
「角谷の起用は大会前から決めていました。トーナメントのやぐらを見た時に、智弁戦で起用しよう、と。角谷は、下級生のころは気の弱い選手だったのですが、いろんな困難を乗り越えて成長してきたんですよね。そういう選手なら、大一番でやってくれるだろう。智弁戦はアイツしかいないと思っていました」。
豆越監督が言うよう、角谷は立ち上がりから落ち着いていた。三塁手には「セーフティバントもあるよ」と声を掛け、勝負に行ったボールが外れると笑顔を振りまいた。彼の姿からはメンタリティの安定度を感じたものである。起用の意図が見えた。
「これまで投げる機会がなかった悔しさはありましたけど、今日は肚をくくってやろうと思いました。2年生のころから、1個上の先輩の試合でも投げてきたんで、経験はしてきました。全力尽くせば、いけるだとう、と」。
シュート系、スライダー系のボールを、打者の内外角に投げ分けていく。球を散らしながら、打者の打ち気を逸らし、角谷は序盤3イニングを被安打2。併殺打を奪ってリズムを作るなど、見事なピッチングだった。
ところが、4回裏、角谷は智弁打線の空中戦に崩れる。
先頭の3番・青山 大紀に右翼スタンドに飛び込む本塁打を食らうと、味方守備陣のミスで一死二塁のピンチを招き、6番・小野山にチェンジアップを左翼スタンドに放り込まれたのである。
接戦が一転しての3失点。豆越監督は悔しそうに振り返る。
「青山のホームランは、そんなに痛いものでもなかったんですよ。ソロ本塁打やし、角谷はいいピッチングでしたからね。でも、そのあと、守備にミスが出て、そこから小野山君にホームランを打たれたのはこたえましたね。角谷はしっかり投げてくれましたけど、守備の面で、しっかりしこめなかった。甘さが出ましたね」。
ここで角谷は降板した。
代わって登板した東野は5回を何とかしのぎ切ったものの、6回裏に集中打を浴びてしまった。全てが捉えられた打球ではなかったが、打球が野手の間に落ち、失点を重ねた。最後は東野に変わった沢のワイルドピッチで、この回、7失点。コールドで試合は決まった。
終わってみれば、豆越監督の起用は成功しなかったと思われるかもしれない。しかし、それは断片の結果を見ているだけで、実は、間違っていたわけではない。
なぜならば、ここにきてエースの仲川を先発させないところに、優勝を狙う上での本気度を、豆越采配から見えるからだ。
エースの仲川は大黒柱的な存在だが、前日に140球も投げている。ここに来るまで、2度の先発と1度のロングリリーフがあった。仲川がチームにとって一番の存在ならば、彼が最もパフォーマンスを発揮しやすい環境を作っていかなければならない。ただ、いわば、大会中に大きな仕事を果たす人物を見つけ出さなければならない。
それが高田商にとっては角谷の起用なのだ。
もちろん、それは大会に入るまでの、指揮官の目算から来るものだ。智弁学園の主たる打者に左が多いというのも、豆越監督の頭にも入っていたはずだ。
「打倒・智弁学園」と口にする指揮官や選手たちは多い。智弁に勝って甲子園に行くのだと。その気持ちは買うが、実際問題、どのようにして勝って甲子園を目指しているのか、企みが見えるのはほんのわずかだ。その企みこそが、本気度なのである。ただ戦って、「打倒智弁学園」を口にしただけでは、本当に挑んだとは言えない。
それが、豆越監督にとって、角谷の起用だったのだ。本気で智弁を倒し、甲子園を目指しているからこそ、彼はチャレンジした。
勝てば官軍、負ければ賊軍とはよく言われるものだ。
敗れてしまうと、起用が失敗だったなど、指揮官は責められてしまうかもしれない。
しかし、今日の試合ではそれは当てはまらない。
高田商は本気で、甲子園を狙った。最高のチャレンジャーだった。
(文=氏原英明)