金光大阪vs太成学院大高
それでも、エースは投げ続けた。
あの回さえなければ―。
太成学院大高のエース・今村信貴は、きっとそう思っているのかもしれない。
だが、試合後の今村の表情は、実に晴れ晴れとしていた。
「力は出し切りました。調子も良かったし、悔いの残る場面もありません」。
涙線の跡どころか、笑顔すらこぼしながらこう口にした。
しかし立ち上がりは決して良かったわけではない。初回からいきなり連打を浴び、以降は常にスコアリングポジションに走者を背負った。それでも自慢のストレートの勢いは衰えず、最速は145キロを計測するなどプロ注目の左腕らしい場面も見せたが、持ち前のコントロールが不安定だった。常にカウントを悪くし、ストライクを取りに行った球を痛打された。
序盤からストレートを狙われているのは分かっていたが、それを上回る自信があった。
「だからこそ自信のある球で勝負したかった。そのために今まで練習してきたので」(本人談)。
2-2の同点で迎えた4回。先頭打者の8番・三好雄大に死球を与えた所で、リズムが狂い始めた。「先頭打者を出さないようにしてきたのに、手元が狂ってしまって…」。思わぬかたちで走者を許し、1番打者をセカンドゴロに打ち取った後に連続四球で走者をためて満塁に。そこで、クリーンアップを迎えた。
だが、4番の永田一斗にセンター前にヒットを許し、2点を勝ち越されてしまった。次の打者は5番の平敏輝。捕手の橋爪太一のサインは変化球だった。だが、狙われていても、どうしてもストレートで勝負したい。サインに首を振った。そして思い通りストレートをミットめがけて投じると、打球はレフト後方へ消えていった。まさかの3点本塁打。計5点を失った「磨の4回」のスコアボードの“5”という数字が目に突き刺さる。
ここで同点から一気に5点差になった。大黒柱のエースがここまで打ち込まれるのは、指揮官からすれば想定外の展開。4回ということも考えると、投手交代に踏み切るのは難しい。だが、すぐその後の5回表に2点を返し、点差は3点差に縮まったため、太成学院大高の仲辻宏之監督は、一度はちらついた投手交代という選択肢を頭中に入れることはなかった。
指揮官は当時の心境をこう明かす。
「点差が縮まったことで、まだまだいけるという気持ちがありました。まだ4イニングもあれば何とかできると。いままで今村で勝ってきたチーム。こうなったら最後までいくつもりでした」。
本人の気持ちも同じだった。以降は変化球主体のピッチングに切り替え、ヒットは3本しか許さなかった。だが、打線の援護がないまま迎えた9回の攻撃で、9番の坂元祐大がレフトへソロアーチを放ち、打順がトップへ返った。まだいけるのかもしれない。エースは、まだ迎えるかもしれないマウンドへ向けて、心の準備を始めた。
「もう、何イニングでも、15回まででも投げ切るつもりでした。もっと投げたかったんです」。
だが、望みは叶わなかった。結局、反撃は1点で留まりゲームセット。相手の校歌をベンチ前で聞きながら、静かに夏の終わりを受け入れた。
この日も多数のプロのスカウトが今村のマウンドを見守っていた。
「入学した頃は細くてここまで自分が注目してもらえる投手になるとは思いませんでした。1年生の時と比べて、体重が10キロ以上、スピードは20キロ以上増しました。成長は出来たと思うけれど、技術はまだまだ。甲子園という目標は夢のままで終わったけれど、これからはもっと上を目指していきたい」。
1年生以来の被弾を浴びても、14安打7失点という不本意な内容でも、エースとして最後までマウンドに立ち続けた。
最後の打者、4番の永田からは空振り三振を奪ったのは、1年生からマウンドを守ってきた意地でもあった。
昨秋から注目を浴び続けたナニワの快速左腕の夏は、笑顔と満足感に満ちたまま幕を閉じた。