試合レポート

延岡学園vs宮崎商

2011.07.26

意地のスライダー

 中学時代から大騒ぎされた逸材だった。宮崎リトルシニア時代から138キロの剛球と高速スライダーを武器に、7度の全国大会を経験。高校入学と同時にベンチに加わり、1年夏は主戦投手として準優勝も果たした。
以降もエースとしてチームを2度の九州大会に導き、いよいよその名声を高めていった吉田奈緒貴宮崎商)。そんな宮崎の怪童が、高校最後の夏を終えた。

この日は朝から防砂林の向こうの日向灘が、大量の積乱雲を生産していた。この雲が海からの風に乗り、準決勝が行なわれているサンマリンスタジアム宮崎の上空を、もくもくと覆い尽くしていくのである。

初回に自らの暴投で2点を失った宮崎商・吉田が、続く2回裏も一死一・三塁のピンチを招き、9番・大平勇己を打席に迎えた場面だ。1ボール1ストライクとなったところで、ついに大粒の雨が、バケツを一斉にひっくり返したような勢いで、グラウンドに叩きつけてきた。これで試合は中断。
両チームの選手はダグアウト裏へと下がり、ずぶ濡れになったユニフォームを着替え、食事を摂り、ブルペンを利用して体をほぐすなどして、再開の時を待つ。
中断中に宮崎商・濱田登監督は「ウチにとってはラッキーな雨なんだぞ」と選手たちに言い聞かせ続け、選手たちも必死になってモチベーション維持に努めた。吉田もしかり。
しかし、2時間9分という中断はあまりにも長すぎた。

 再開直後に吉田が投じた初球を、延岡学園の9番・大平が三塁手の前に転がした。スクイズである。
再開を待つ間も、濱田監督は「あるぞ」と警戒を促していたという。ボールカウントや打順、グラウンドコンディションを考えれば、吉田も捕手の平野友聖も察知はしていた。
それだけに、吉田が投じた再開初球の内角直球は、さらに厳しく行っても良かったか。打球を見て慌ててダッシュをかける三塁手・榎園涼一。
しかし、三塁走者・谷村康太のスタート、加速はこれをさらに上回り余裕の本塁生還。鮮やかなスクイズ成功で3点目を奪った延岡学園は、続く1番・小幡和弘から4番・濱田晃成までの4連打でさらに4点を追加。2回までに大量5点のリードを築いてしまったのだ。


 準々決勝までの3試合で34得点を挙げるなど猛威を振るっていた宮崎商打線は、3回に1番・三森祐輝、2番・池田大の連打で無死一・二塁の状況を作ると、3番・大島恭平がこれをバントで進めて一死三塁。サインはセイフティだったが、形としては綺麗な犠打となった。
「好調な打線に気持ちよくバットを振らせるために、とにかく1点が欲しかったんです。回も序盤ということもあり、とにかく1点でも取ることで試合の流れを引き寄せたかった」(濱田監督)

 濱田監督の「試合の流れを引き寄せる」は、吉田の状態回復を期待するということだ。この回、宮崎商は4点を返した。そして、期待通りに息を吹き返したか吉田。3回から5回までをカットボールを主体としたスピード系変化を軸に3人ずつで切って取り、2回までとはまるで別人のような投球を披露したのだった。
とくに1、2打席目で連打を浴びていた4番・濱田晃を抑えた4回、3打席目の勝負は見応えがあった。吉田が対戦前から「一番警戒していた」とのが、県を代表する左の好打者・濱田である。この打席では外角いっぱいに力感たっぷりの直球を叩き込み、内角のスライダーを空振りさせて追い込むと、最後はやはり内角のスライダーで空振り三振に打ち取ったのだ。

 吉田と助け合いながら勝ち上がってきた打線は、5、7回に1点ずつ返し、最大7点のビハインドを1点差にまで詰めたが、最後は吉田が力尽きた。下半身の粘りを失うと、引っかかったような直球を制球するのが精一杯の状態となり、7回に決定的な3点を失いそのまま準決勝敗退が決定する。

宮崎日大武田翔太が出現し、強打線の延岡学園が時代を構築しつつある宮崎県。そんな中で、吉田は一度も聖地に足を踏み入れることがなく、3年間の高校野球生活を終えてしまったわけである。中学時代から全国に名を轟かせてきた吉田にしてみれば、いろいろな雑念や重圧にさらされながらの3年間だったに違いない。

宮崎最強打者・濱田晃との2打席目は「今日一番の直球でした」(吉田)という外角低目への直球を、いとも簡単に左前適時打とされた。それを受けた3打席目の対戦に、吉田の高校生活が凝縮されていたように思う。ここで連投した“急降下爆弾”のスライダーに、吉田は様々な意地や主張を込めたのではないか。それほどまでに、情熱的なボールであり、対戦だったのだ。
球場に立ち込めた暗雲が、吉田の涙とともに彼方へと消え去っていく。宮崎の怪童、潔い準決勝敗退。

(文=加来 慶祐

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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