香芝vs西和清陵
川西さんのベースボールTシャツ
すべては彼女が教えてくれた。
泣き崩れる選手が多い中、毅然とした態度で取材に応えていた榎田主将の立ち振る舞いが印象的だった。
「涙を流してしまうと、悔しさとかいろんなものを流してしまうような気がしたんです」。
榎田ら西和清陵ナインにとっての高校野球は、重くもあり、そして、時には強さを生み、多くをもたらしたものだった。
昨年1月、チームメイトでマネージャーを務めていた川西美沙さんが病に倒れ、8日後、この世を去った。脳動静脈障害だった。榎田は回想する。
「最初は、そんなに重い病気だと知らなくて、奇跡が起きて欲しいと思っていたんですけど、それも無理だと聞いて、『死』というものに、直面しました。彼女で思い出すのは、ウチの学校の階段はすごく長いんですが、その長い階段を昇って、いつも、お茶を運んできてくれたのを思い出します。(彼女は)大黒柱でした」。
昨夏は、川西さんが逝去して迎える初めての夏で、初戦の
高田戦では8点差をひっくり返すという大逆転劇を起こした。2回戦で敗れたが、井野監督以下、ナインは誰もが「川西が勝たせてくれた」と思ったという。ただ同時に、こうも思ったのである。「今度は勝って、川西に返そう」と。そして、ナインは確実に成長のあとを見せる。特に私生活面での成長は、井野監督も目を見張った。
「3年生はだらしないところがあったのですが、この1年で本当にたくましくなりました。ごく当たり前のことができるようになって、落ち着いてきたんですね。僕は指導をする中で、選手たちにいうんです。野球に神様はいる。いつも、お前らを見ているよと。でも、この子らにとっては、その神様が川西なんだと思います。学校でも模範になるような生徒になりました」。
「野球ができることへの感謝の気持ち」と高校球児は良く言うものである。しかし、西和清陵ナインにとっては、身近な仲間の死に直面したからこそ、より深く感じることがあったのではないだろうか。「命の大切さ、重さ、人の大切さを実感しました。何事も一生懸命やるべきだと思いました。野球ももっと一生懸命やらないといけないと思うようになった」と榎田は語っている。
試合は中盤までは競っていたが、8回に6点を失い、万事休す。昨年のような大逆転劇を期待したが、2点を返すのが精いっぱいだった。
「頑張ったけど、負けて、ごめん」。
打順が近付くと、川西さんのベースボールTシャツに振ってから向かったという榎田は、試合後に、そう報告したという。
だが、勝敗が問題ではない。「頑張った」と思えたことに、これまでの積み重ねがあったのだ。
長い階段を昇ってお茶を届けてくれる彼女の姿がナインの脳裏を離れないのは、いつも、彼女が背中を押していたからである。
(文=氏原 英明)
[:addclips]
[:report_ad]
香芝 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 6 | 0 | 8 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
西和清陵 | 0 | 0 | 1 | 0 | 1 | 0 | 0 | 2 | 0 | 4 |
香芝:井手、藤井、岬―中村 西和清陵:吉田、三原、前田、鹿出―上田
二塁打=中村、中島、東野(香)