「9番遊撃」から高校通算17本塁打の千葉No.1遊撃手へ成長を遂げた粟飯原 龍之介(東京学館)が振り返るターニングポイント
今年の千葉県ナンバーワンショート・粟飯原 龍之介(東京学館)。この秋は県大会で3試合連続弾を放ち、初の関東大会出場に貢献した。179センチ80キロ。そして50メートル5秒9、高校通算17本塁打。投手としては最速137キロを計測する強肩。まさに伸び盛りの大型遊撃手。
そんな粟飯原だが、成田シニア時代は全くの無名選手で、打順も9番セカンド。いかにして県内注目の遊撃手へ成長したのか?
高い技術を支えるフルスイングで本塁打を量産
粟飯原 龍之介(東京学館)
ブレイクを見せた県大会・関東大会は無観客。選手としてのイメージを知っているのはこれまで対戦してきた学校、一部の報道陣のみ。3本塁打を打った大型遊撃手について知っていても選手としてのイメージ像を掴んでいない方も多いのではないだろうか。
打撃練習、守備練習を見てきて実感したのは、韮澤 雄也(花咲徳栄ー広島東洋)タイプだということ。韮澤といえば、最短距離のスイングから広角に打ち分けるバットコントロールの良さが光る左の巧打者だったが、粟飯原はスイング軌道やバットを立てた構えから実ににている。そして俊敏な動きから見せる遊撃守備も強肩が光る。
スケールの大きさ、身体能力の高さ、技術の高さ。その高い技術を作り上げるために工夫している様子が見られる。
そんな粟飯原は千葉県佐原市出身。佐原ウィナーズでは遊撃手だったが、成田シニアでは二塁手で、打順も9番だった。当時のあこがれは1学年上でスラッガーとして活躍した松本 憲信(成田)だ。
「憲信さんは本塁打を連発する方で、本当に憧れの方でした」
当時は9番セカンド。強豪校から誘われるような選手ではない。粟飯原が選んだのは東京学館だった。
「体験会に出て、非常に雰囲気が良くて、先輩方も優しかったので、進もうと思いました」
中学時代は目立った成績を残せなかった粟飯原だが、東京学館進学後は外野手に挑戦し、持ち前の俊足と強肩を武器にベンチ入り。さらに高校入学後から身体もだんだん大きくなり、練習試合では本塁打を放つなど、徐々に頭角を現していく。
中学時代、9番あった粟飯原が、長打力を身に着けた理由は技術改革にある。
「まず意識したのはコツコツ当てるというよりはフルスイングを意識すること。柳田 悠岐選手(福岡ソフトバンク・広島商出身)に憧れていたのもあったので。フルスイングを意識したら打球も飛ぶようになって来ました。技術的にはバットを体の近くに通すこと、軸足で回ること、フォロースルーを大きくすることを意識してました」
インサイドアウトでスイングすることを意識していると語る粟飯原。それだけではなく、体全体を使えた打撃フォームとなっているが、技術面での工夫が本塁打を打てるようになり、1年秋を終えて通算10本塁打をマークする。
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粟飯原 龍之介(東京学館)
本人も、市川監督も大きく成長したと振り返るのが、新型コロナ感染拡大の影響で3ヶ月以上も自粛期間だ。粟飯原は佐原市の自宅に戻り、体作りに励んだ。
「自粛期間であまり体を動かすことがなかったのでご飯をいっぱい食べて三食だけではなく間にも食べるようにしました。トレーニングは腕立て腹筋背筋をやっていました。野球の練習は素振りをしたり、ティーを打ったりしました」
すると、10キロ増も83キロ。打球の勢いも大きく変わってきた。
「明らかに変わりましたね。打球の勢いが変わってきました。驚かされたのはあれほど体重が増えて、自粛期間も長いとスピードが落ちるかなと思っていたのですが、それほど変わっておらず、これは楽しみなだなと思いました」
現在、50メートルは手動での計測になるが、5秒9。練習を見ていても、明らかにスピードが違うということが分かる。身体が大きくてパワーがあって、スピードもある。
そして自信を掴んで臨んだ秋季県大会に臨んだ粟飯原は打力を開花させる。県大会3回戦の千葉経大附戦で、右中間へ本塁打を放つ。
「身体が開いてしまうことが欠点でしたので、身体が開かないように目線をセンターから左に当てて強い打球を打とうと思いました。それが結果としてホームランとなりました」
準々決勝では東京学館の同地区の成田と対戦。これまで成田をお手本としていた東京学館にとっては準々決勝が大一番だと考えていた。この試合で粟飯原は大活躍。当時の成田シニア時代のチームメイトでエースだった技巧派左腕の牧太陽から逆転3ランを放つ。
「当たった時にこすった感じがあったんですけど、打球がうまく伸びてくれて入ってくれました」
決勝の木更津総合戦では県内屈指の本格派・島田舜也から一時、逆転となる2ランを打ち、通算17本塁打目とした。
「単打を打とうと思ってランナーがいたのでランナーを背負いながらチャンスを作ろうと思って、自分は足があるので内野を抜ける打球を意識していました」
一発は狙わず、開きを抑えるために逆方向を打つことを心がけ、最高の結果につながった。しかし、関東大会の国学院栃木戦では4打数1安打1打点を記録したが、「シフトなどを観ると、かなり研究をされているように感じました。だけれどこういうことは高いレベルになれば、マークされるほどになれば、当たり前になるので、それを乗り越える打撃力を身に着けていきたいと思っています」
また、守備面でも送球ミスもあり2失策。守備面でも課題となった。市川監督は粟飯原の身体能力、打撃力は高く評価する一方で、守備では「まだ経験が少なく、あらっぽいところがあります。捕球、送球の確実性をしっかりと身に付けてほしいです」とレベルアップを期待する。
粟飯原も「自分の送球ミスで負けたと思っています。冬場は守備を鍛えていきたい」と課題を口にする。
取材日も送球の練習やショートバウンドでの練習。さらに、打撃では引き手である左手の押し込みが弱いために左手だけのティーを繰り返したり、工夫して練習する様子が見て取れた。
市川監督はこうした努力ができる姿勢、ポテンシャルの高さを含め、「東京学館での8年間の監督生活でナンバーワンの選手です」と太鼓判を押す。意識するのは高校通算40本塁打を超える有薗直輝(千葉学芸)。
千葉では久々に現れた総合力が高い大型遊撃手。来春、来夏はさらに大暴れを見せていきたい。
(記事=河嶋 宗一)