県立岐阜商(岐阜)全県の期待を担って、名門復活を目指していく
「緑滴る 金華山 水清冽の 長良川 山河自然の 化を享けて 城北の地に 聳え立つ」
と校歌に謳われている県立岐阜商業高校。通称県岐商である。岐阜市内の中心地にありながら風光明媚なスポットに存在する校舎は、まさに岐阜県の学校を代表する存在といっても過言ではないくらいだ。金華山の頂には、織田信長が斎藤道三の孫にあたる斉藤龍興から奪い取って、天下取りの礎としたとされている岐阜城が聳え立っている。その岐阜城を仰げる、まさに城北の地に県岐商はある。
古豪復活へ鍛冶舎巧監督が就任
鍛冶舎巧監督
甲子園出場実績としては春夏ともに28回の出場実績があり、夏は優勝1回、準優勝3回。春は優勝3回、準優勝3回という実績があり、甲子園通算87勝52敗1引分けという記録が残っており、これは全国でも第4位ということになる。そんな、戦前からの超名門校だが、2015年春を最後に甲子園からは遠ざかっている。夏は12年が最後となっている。そんな県岐商に最後の切り札として、この春から鍛冶舎巧監督が就任した。社会人野球のパナソニックや枚方ボーイズでの指導で実績がありNHK解説者も務めていた人物だ。そして前任の秀岳館(熊本)では、3大会連続で甲子園ベスト4という実績もある。そんな鍛治舎監督がOB会からの強い要請もあっての就任ということとなった。
野球部は今年93周年を迎えている。掲げられた目標としては、100周年までに甲子園100勝というものがあるが、さらには「次の100年も100勝できるチームへ向けて」という遠大な目標もある。そして、鍛治舎監督としても、「ここの野球部で育ちましたから、地元や母校に対しての恩返しという気持ちもある」という思いで、秀岳館の監督を辞した後に持ち込まれた話を承諾した。
こうして3月に就任にしたのだが、もちろん歴史のある母校であり、その伝統は意識していたが、それだけにプレッシャーになっていると感じた。だから、まずはチームのモットーとして掲げられていた(伝統を継承していこうという意図も込められていた)「つなぐ」という言葉を敢えて外した。そして新たに「自主、自立、自治」というテーマを掲げた。その意図としては、「復活ではない、新生県岐阜商の野球部としてスタートしていきたい」というものがあったからだ。だから、ベンチに掲げてあった歴代の甲子園出場時の記念プレートも、普段の練習では目に入らないようにと、スタンドの上にもっていった。
振り返らない、立ち止まらない、だけど急がない
空きスペースの利用に余念がない
鍛治舎監督自身も、「振り返らない、立ち止まらない、だけど急がない」ということを自身に課していきながら戒めともしているという。
そして、県内の高校野球を盛り上げていくためにも、一つの目標としては県内の有望な中学生の流出を防がなくてはいけないとも考えていた。そのためには、「県岐阜商で野球をやりたいと、思わせるような魅力的なチームにしていかなくてはいけない」という思いで取り組んでいる。そんな「魅力あるチーム作り」が当面の目標である。
2~3年後には日本一、そこを目指していく、それが強化の最大の目標である。また、公立校として、「強豪私学には、こうやって勝つのだ」というモデル校にもなっていかなくてはいけないと考えている。しかし、そこには伝統校だからという意識はない、振り返らないのだ。だからあえて、「前のことは知らない、これから先だけを向いていこう」という意識を植え付けている。
とはいえ、公立校の宿命として、私学の強豪校のように寮があって、さらには練習時間も十分に取れるとは限らない。だからまずは時間の無駄をなくす。これは徹底している。ことにグラウンド整備や練習メニューの変化はすべて意識して時間短縮に努めていく。
また、ロングティーやフリー打撃の時でも、空きスペースの利用に余念がない。ことに、5面使って行われているフリー打撃のバッティングゲージの後ろでは外野陣、内野陣、捕手陣がそれぞれに分かれて捕球からスローイングへのステップの基本動作を繰り返し行っている。それが、気持ちも入っていて壮観である。「無駄な練習は、一つもない」という意識は定着してきている。
スピードアップいうことで言えば、シート打撃ではテーマを決めて、それぞれのタイムを計測している。二塁から本塁へのスピードは6秒5を切ることが目標だ。また、捕手の二塁への送球タイムも、都度計測してマイクで発表している。こうして、タイムアップへの意識を高めていく。
鍛治舎監督は、数字目標を立てて、それをそれぞれの立場でクリアしていき、また次の目標を設定していくということを徹底している。その表れの一つでもあるのだ。また、秀岳館時代から徹底させていた、追い込まれてからのノーステップスイングも取り組んでいる。このことで、目線がぶれなくなり、簡単には三振しないしつこさ、相手投手に対しての嫌な感じというのは植え付けられる。
[page_break新しいスタートを切った県立岐阜商]新しいスタートを切った県立岐阜商
県立岐阜商野球部員
7つ上の兄も県岐商で活躍していたという酒井田二朗君は、ハーフ打撃では、自分のポイントで打つことを徹底していた。「秀岳館時代のことを知っていましたから、最初から監督のスタイルがわかっていました。だから、そこに自分たちをあてはめていって、対応していかれるようになった」と感じている。それでも、「最初は手押し車などの基礎トレーニングのメニューも想像していた以上にハードだったのですが、徐々に覚悟ができていって、それが力になっていっていることが実感できている」と感じている。そして、明らかに打球も飛ぶようになったと感じているし、今はジャストミートして飛ばせることに喜びを感じている。
投手の藤井健也君は、「鍛治舎監督が、数字にこだわって目標を立ててこられるので、そのことで自分も目標がはっきりしてきた」と感じている。そして球速としては140キロ越えを一つの目標設定としている。そのためにはウェイトトレーニングでも、特にパワーアップに励んでいくということも明快になって、スクワットやベンチプレスも、確実に数字をあげているという。また、投手としては外と内の出し入れも大事にしていくというスタイルではあるが、食トレなどにも励んで筋力も着いてきたと実感している。
1年生で4番を任される可能性も高い佐々木泰君は高校に入って最初の練習の印象は、「中学生のころと違って、パワーもスピードも違うと感じました」と正直だ。しかし対応も早く、「甲子園に出ることではなく、甲子園で勝つことを目標としている練習は緊張感もあって、充実している」という思いである。そして、具体的にはロングティーではコンスタントに100mを飛ばせるようになることを目標としている。また、テーマとして取り組んでいる追い込まれてからのノーステップでのスイングについては「しっかりとボールの見極めもできると思うので、フルスイングしていかれる」と実感を掴んでいる。
「高校野球は、状況に応じた打撃が出来ないといけない」ということも十分に認識しているのだ。
そんな選手たちに対して鍛治舎監督は、フリー打撃でもレギュラー打撃でも、要所で声をかけていく。ロングティーの時には、「ポイントの位置を確認して、バットに乗せて運んでいくようにしないと遠くへは飛ばないぞ」と遅れ気味の選手には指示が飛ぶ。「いろいろ声をかけてあげて、引き出しを多くさせておいてあげたいですね。そして、練習の内容で勝てるという意識を選手に持たせてあげることです。どこもやっていない練習を自分たちがやっているということで、それは自信になっていきます」と、練習内容の充実こそが最大の革命だという意識である。
フリー打撃では10本が5カ所を4セットで200本、ティー打撃はスクワットティで30本×7セット、インハイで20本×7セット、アウトローで20本×7セットで490本。さらに、無酸素10連続スイングを10セット。これに朝300本くらいのスイングで、毎日最低でも1000本スイングを確保することを目指している。さらに、1200本スイングできるようになれば、確実にスイングスピードは上がっていくという。
そして、信念を持って言うのは、「そこまでやるか」というところまでやろう、ということである。そうすれば、自ずと結果はついてくるのだと、3季連続の甲子園4強の指揮官は自信を持って述べていた。
伝統校の県岐阜商は新しいスタートを切ったばかりだが、まずはこの春ベスト4まで進出した。もちろん、それで満足はしていまいが、はじめの一歩は悪くない感触だったのではないだろうか。
(文=手束 仁)