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キャプテンとして身につけた、勝つための決断力・バランス感覚が、社長業に繋がる 株式会社アヤベ洋菓子・綾部哲嗣社長(日大一OB)

2020.04.27

 彩の国・埼玉県の川口市。東京都にほど近い県境に位置する場所に本社と工場を5つ構えている会社がある。その会社こそが株式会社アヤベ洋菓子である。取材のために本社へ入ると、甘い匂いが建物内に広がっている。その匂いだけでも少しワクワクしてくる。

 現在は綾部哲嗣社長が2代目として会社の経営の一役を担っているが、綾部さんは大学まで野球を続けた生粋の野球人。高校時代は日大一で3年間を過ごし、3年生の夏は主将兼エースとして、1991年の東東京大会で準優勝を経験している。そんな綾部さんは高校野球を通じて何を学び、今に活かしているのだろうか。

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憧れの気持ちをもって日大一へ

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 足立区が地元になる綾部さんは小学生の時から野球に触れてきたが、中学校は地元の中学へ進学せず日大一中へと進み、軟式野球を3年間やってきた。
 「まず甲子園に行ける学校に行きたかったのが一番なのですが、姉の中学受験を傍で見ていたので、『中学受験をしてしまえば6年間野球に集中できる』と思ったんです。小学6年生の時に日大一が甲子園出場を決めたのが日大一への進学の決め手になりました」

 東東京の日大一はこれまでに春夏合わせて10回の甲子園出場の経験を持つ古豪。1988年の夏の甲子園を最後に全国の舞台から遠のいているが、歴史ある学校。その日大一へ、1986年に進学した。

 中学時代は部活動に入り、軟式野球を3年間続けた綾部さん。硬式には高校に入ってから本格的に取り組み始めたが、中学時代のある思い出を語ってくれた。
 「中高一貫なので同じ校舎に高校生がいたのですが、野球部は凄い人たちの集まりでしたね。甲子園を経験した先輩もいましたから、僕は先輩たちをアイドルを見るような目で見ていました」

 中高一貫校ならではの光景だが、綾部さんは先輩たちへの憧れの想いを持ったまま、中学を卒業し、1989年に高校へ進学する。しかしそこで待っていたのは厳しい世界だった。
 「僕が中学3年生の時に野球部が甲子園に行ったんです。その時は2年生が主体でしたので、僕が入部したとき、その人たちは3年生でした。ですので、チームは連続出場を目指す雰囲気で、先輩とは実力差はありましたし、最初は球拾いとか雑用ばかりでした」

 加えて日大一は墨田区の両国に校舎があるが、グラウンドは車で1時間近く離れた千葉県船橋市にある千葉日大一にある。足立区に実家がある綾部さんは、自宅から1時間半かけてグラウンドに通う日々だった。
 「普段の練習は19時30分から20時くらいまででしたが、その後に片付け等をやるとグラウンドを出発するのが21時30分くらいでした。自宅に帰ると23時でしたので、食事などをすると、寝るのは日を越していましたね」

 厳しい環境ではあったが、綾部さんは練習に励み、練習試合への出場チャンスを掴む。そこで結果を残した綾部さんは1年生ながら夏からベンチ入り。代打として2試合出場するなど、高校初めての夏から公式戦の経験を積むことが出来た。

 そしてチームは準決勝まで進み甲子園連続出場まであと少しだったが、帝京の前に敗れた。帝京はそのまま全国制覇を成し遂げた。帝京には当時のエース吉岡雄二がいた。
 「地元が同じということもあり、電車でも見かけていました。有名な方でしたし、試合の時もベンチで見させてもらいましたが、インパクトは強かったですね」

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主将兼エースとして挑んだ最後の1年間

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日大一時代の綾部哲嗣社長

 その後、新チームになると綾部さんはチームの4番に座り、打線を牽引。エースナンバーこそ先輩が背負ったが、バッティングで高い評価を受けてチームの主力選手として活躍した。そして2度目の夏となる1990年、ここで綾部さんにとって忘れられない試合が訪れた。
 「2、3回戦くらいで日体大荏原と対戦をしたのですが、僕が最後に押し出しの四球で負けてしまったんです。先輩たちの夏を終わらせてしまって申し訳なかったですし、悔しかったです」

 2度目の夏で苦い経験を積んだ綾部さん。しかしその敗戦を糧に、強い自覚をもって最後の1年に向かっていった。すると当時の監督である梅原恒雄氏から主将を命じられた。

 当時を振り返り綾部さんは「投手だと練習メニューが違ったので、新チーム始まったときに野手へ転向しました。最後は投手に戻ってエースも兼任しましたが、最後の1年間はいろんな経験をしました」と語る。実際に練習試合で1日に2試合あるときは、1試合目が投手、2試合目は野手として出場するほどの多忙ぶりだった。

 また1年生からベンチ入りしていたこともあり、梅原監督からの期待も大きかった。その期待に応えるべく、当時の綾部さんは必死に練習に取り組んだ。しかし、迎えた2年生の秋はブロック予選の決勝で関東一に敗れ本大会への出場を逃す。春は本大会に進むもののライバル・帝京に敗れて、優勝とはならず。大きな成績を残すことが出来ずに最後の夏まで来てしまった。

 「チームをまとめていくことに責任を感じて、周りからいろんなことを求められ、よく怒られましたが、いろんなことを言われて、主将としての自覚を学ぶことはできました」

 こうして綾部さんは主将兼エースとして最後の夏へ。秋、春と大きな結果を残せていなかった日大一だが、1991年の夏は準優勝。決勝戦でライバル・帝京の前に敗れたが最後に大きな結果を残すことが出来た。

 その後、綾部さんは大学に向けて再び受験勉強を実施。梅原監督にも面倒を見てもらいながら準備を進めて、日本大学に合格。それから大学野球へ歩みを進めた綾部さん。「大学野球はレベルが違いました」と感じながらも4年生の時にはベンチ入りを掴むところまで成長。社会人野球のオファーまでもらったが野球は大学で引退し、食品関係の営業に就いた。

[page_break:責任をもって期待に応え続けることが高校野球とリンクした]

責任をもって期待に応え続けることが高校野球とリンクした

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従業員の方と話をする綾部哲嗣社長

 「実家がお菓子をやっていたこともあって、いつか継ごうと小さいことから思っていた」こともあり、食品業界への道を選んだ。大学まで野球一筋だった綾部さんは、社会人となり様々なことを学び成長した。そうして社会人となって1年半が経った時に、実家の経営が厳しいことに気が付いた。

 「仕事に触れるようになって、家業にも興味を持ち始めました。すると経営状態が厳しい状態だとわかったんです。元々、いつか家業を継ごうと思っていたので、そのタイミングで家の仕事に戻ることにしました」

 こうして綾部さんは会社を辞め、2代目として家業を手伝い始めた。2014年から正式に2代目の社長として就任し、現在では5つの工場を持つ企業にまで成長した。しかし、現在に至るまでにはどれほどの苦労を重ねてきたのか、綾部さんに取り組みについて語ってもらった。

 「入社したときは社員1名、パート8名に両親だけでしたので、感覚としては創業するのと変わりはありませんでした。とにかく課題に対して自分自身で判断をして考えて責任をもって行動する。1つ1つの仕事をがむしゃらに20年間続けてきた結果が今に繋がりました」

 だからこそ、社長として企業のトップに立ったとき、「急にいろんなことを背負った」という感覚は綾部さんにはなかった。肩書が変わっただけで、やってきたことに変わりがなかったからだ。そして「責任をもって考え行動することは高校野球3年間で培われた」と綾部さんは語る。

 「主将とエースの二足の草鞋を履かせてもらって、梅原先生に全責任をもって『あなたがやりなさい』というのを課せられたのは、とてつもなく大きな経験をさせてもらえたと思っています」

 特に当時の日大一は強豪校として負けられない重圧がのしかかる。さらに主将とエースとしてだけではなく、野球の勉強の成立など、綾部さんは常にプレッシャーを背負った中で成果を上げてきた。だからこそ現在の経営者の立場で、従業員の幸せな生活や夢を守るプレッシャーがかかる中でも、高校野球の経験を活かして立ち振る舞うことができている。

[page_break:野球で培った力が経営者としての成長を支える]

野球で培った力が経営者としての成長を支える

 また、高校野球での3年間の忙しい日々も、社長という経営者の立場になって活きていると綾部さんは語る。
 「毎日自分なりに必死に生活することで逆算する習慣が身につきました。限られた時間で野球も勉強がある。また僕は家に帰ってから自主練をしていましたが、その時間を確保するために逆算をするようになったんです。それが今なら僕にとって考える時間が大事ですので、そこを決めてから逆算して決める習慣が身につきました」

 逆算して予定を立てることだけではなく、高校野球では様々な習慣が身に付いた。その1つが、見て学んで盗むことだった。
 「今は会社の成長が1番ですので、そのために沢山のものを見て学んで練習をして自分のモノにする。そこは高校野球と共通しています」

 当時は地元のスターでライバル・帝京の吉岡選手のプレーを録画し、見様見真似をすることでレベルアップを図っていた綾部さん。さらに投手というポジションだったからこそ、相手打者の表情など色んな情報を入手して、感性を働かせ決断する。社長として物事を決断することを、高校野球3年間で習慣化させた。

 自然と主将として決断する力が養われたが、それだけではなくバランス感覚が経営において活かされていることを語る。
 「主将としてチームを甲子園に導くために考えて判断をしていましたが、監督とチームメイトの間に立つことで両方を見て立ち振る舞うバランス感覚が身につきました。全体と個の2つのバランスを見ていたからこそ、会社の成長と従業員2つを考えて決断を下せていると思います」

 現在はOEMと呼ばれる、他社のブランド製品を作っている。一流のホテルやカフェと言った各業界の大手に対して、焼き菓子の製造・販売を行っており、「お客様のブランドを傷つけないために安全で良いものを作らないといけない。ではそのために何をしなければいけないのか」ということを常に考える。

 時には難しい要望を受けることがあっても「その時こそ期待に応えて存在価値を示すチャンス」と捉えて仕事に打ち込む綾部さん。まさに、高校時代に梅原監督から期待に応えようとした綾部社長の姿勢が、今もなお活かされている瞬間である。

 そんな綾部さんに、高校時代に取り組んでおけばよかったと思うことはあるか、振り返ってもらった。
 「当時は今ほど自分に打ち勝つ強さがなかったんです。心の強さがなく妥協があったと思います。もっと小さなことでも自分が作った約束事を守れれば甲子園に行けたのかなと」

 やれることに上限がない社長という経営者の立場は、決断することに悩む苦しみと同時に、成長ができる。そこに面白さを感じ、周りで経営者をやるか悩む知人がいれば背中を押し、アドバイスも送る綾部さん。最後に将来、経営者を目指す球児にコメントをもらった。

 「人と協力して自分の力で甲子園を目指すのと経営は変わらないです。野球を通じて成長できたことと同じように、経営者として悩むことが多いからこそ成長ができますし責任感が生まれます。喜怒哀楽を常に感じるので、生きている実感がすごくある。それが醍醐味でしょうか。」

 責任をもって期待に応え続けるため努力を惜しまない綾部さん。高校野球を通じて学んだ、成功者から見て学び盗むことやバランス感覚、逆算することの重要性が今も生かされ、経営者としての日々を支えている。

(文/田中 裕毅

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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