試合レポート

能代商vs西目

2012.07.21

「流れを読む力」で偉業までマジック2

苦しい試合だった。
リードしているのに、流れを自分たちのものにできなかった。ひとつ間違えば、何かが起こるのではないか。そんな雰囲気すら感じさせた。

1回、先頭の平川賢也(3年)がライト前安打で出るが、大久保玲央(3年)が送りバントを二度ファウルした後、三振。岳田諒平(3年)が四球で一、二塁とチャンスをもらうが、穴山博道(2年)がサードゴロ併殺打に倒れた。
3回に二死二、三塁から岳田の二塁打が出て2点を先制するが、乗り切れない。4回は二死二、三塁、5回は二死三塁の好機を逃した。6回二死二塁から成田瑠茉(3年)が三塁打を放ってようやく1点を追加するが、7回は2三振して三者凡退と流れを完全に引き寄せるまでいかなかった。

なぜ、能代商ペースにならなかったのか。理由はいくつかある。
ひとつは、チャンスでの凡退のしかただ。4、5、6回はいずれも二死で好機を迎えたが、すべて空振り三振で終わった。二死でも走者が三塁にいる場合、内野手は送球に重圧がかかる。ボテボテや高いバウンドのゴロの際は必要以上にあわてることにつながる。アウトになるにしても、精神的に追い込むことができるのだが、それができなかった。
「三振で終わるのが続いたので、流れを向こうに傾けるような終わり方をしていると感じていました。内野ゴロでしぶとく終われば違った。工夫のない攻撃をしてしまいました」(能代商・工藤明監督)

もうひとつは、能代商の各打者がボールになる変化球に手を出していたこと。右打者はスライダー、左打者はチェンジアップ。いずれもワンバウンドになる球を空振りする場面が目立った。
「振ってしまうので、打席の前に立たせたんですが、もっと低めにきた球を振ってしまった。変化球を見極めようとずっと言ってましたけど、最後までできませんでした」と工藤監督は振り返る。
9回にも一死一、三塁のチャンスを迎えたが、岳田がセカンドゴロ併殺打。あと一本出れば、完全に主導権を握れる場面で、最後まで相手が勢いづくような終わり方をくり返した。


それでも、スコアは3対0。流れがこなくても完封できたのには、もちろん理由がある。
最大の要因は、なんといってもエース・畠山慎平の好投。変化球でうまく打たせて取り、西目打線を2安打に封じた。
投球内容もさることながら、畠山の投球でもっとも素晴らしかったのは、心がぶれなかったこと。味方が拙攻をくり返すのを見ても、まったく変わらなかった。この日、畠山は4打数4安打。そのうち三度は、走者としてスコアリングポジションに進んでいる。本塁を踏んだのは一度だけだ。「点が入るかもしれない」という期待感を持って塁上にいると、味方が凡退して残塁に終わる“がっかり感”が大きくなる。これが投球に影響することも少なくないが、畠山には問題なかった。
「精神的にがっくりくる? そこは大丈夫です。いつも最悪のことを考えているので。最後(9回の攻撃)もダブルプレーで終わると思ってました」と畠山。
決して味方を信用していないわけではない。期待すればするほど、点が入らなかったときのショックが大きくなる。そのため、あえて最悪を想定して心のぶれをなくすことを心がけているのだ。

昨年まではショートを守っていた畠山。塁上からマウンドへ行っても影響なかった。練習試合で投手、ショート、外野とあらゆるポジションで出続けた経験もあり、塁上からマウンドへ行っても、走った後でも、息を切らして投球に影響するようなことはなかった。
「ずっと試合で使いっ放しなので慣れていると思います。(盗塁やエンドランなどで)走らせますしね」(工藤監督)

打席でも、畠山は素晴らしいセンスを見せた。
8回二死走者なしで迎えた第4打席だ。前の打者2人が外野フライに倒れたうえ、前の回も三者凡退で終わっている。ここで簡単にアウトになるようだと、相手に流れをやってしまう。そこで、考えた。初球、ファースト前へセーフティーバントを慣行したのだ。これがライン際の絶妙な場所に転がり、内野安打。攻撃の時間を引き延ばし、相手にリズムを作らせなかった。
「前のバッターがフライ、フライで終わっていたので、自分もフライで終わると流れを持っていかれてしまう。ゴロになる確率を考えたらセーフティーがいいと思いました。アウトになってもいいからやろうと」という気持ちだった畠山。
1年生の夏から甲子園を経験している畠山。自分自身の結果ではなく、チーム全体のことを考え、試合を大局的に見られるようになったのが大きな成長だ。


実は、この「流れを読む」ことは、昨年のチームから意識してきたこと。昨夏は甲子園で2勝を挙げたが、春まではまったく流れを読む力がなかった。そのため、春の全県大会で、工藤監督は荒療治に打って出ている。試合中、工藤監督が円陣に加わらず、指示も出さない。エースの保坂祐樹にもあえて声を出させないように指示した。他の選手たちだけでやった結果、必要なタイムも取れず、的確な声も出せず、秋田工に8対10で敗れた。

これ以来、選手たちは流れを考える大切さを理解した。
昨年のレギュラーが4人残る今年のチームには、それが受け継がれている。この試合では、毎イニング、ベンチの選手たちが的確な声をかけていた。バント失敗や併殺打の後の回は「流れ悪いぞ。この回注意しろ」。2点を先制した直後には、「点取って試合が動いてるぞ」。1点を追加した後には、「取った回気をつけろ」。当たり前だが、つい流してしまいがちな部分を言葉に出し、確認する。これもまた、流れを渡さなかった要因だった。

過去2年は表情を変えず、淡々と投げる左腕エース・保坂がいた。そして、今年は畠山がいる。流れを読めるチームメイトもいる。学校の統廃合により、能代商の名前で臨む最後の夏。そして、秋田大会では1933年の秋田中以来となる3連覇がかかる夏。
感動再び――。
苦しくても、冷静に。淡々と、我慢しながら。
能代商ナインが偉業に挑む。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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