住吉vs鳳
鳳・岸投手
エース
試合後、鳳のミーティング。馬田昌則監督は、「(勝負は)ほんのわずかなボタンの掛け違い。負けたのは監督の責任」と選手たちに頭を下げた。
多くの選手が溢れる涙をこらえきれないなか、じっと前を見つめるエースナンバー・岸大悟(3年)の後姿が目に留まった。
指揮官が「彼が一番成長した」と認めたのがエースである。
5回まで0対0。両チームによる痺れるような凌ぎ合いが続いた。岸大悟(3年)は「絶対に点を取ってくれる」と信じ、毎回背負ったピンチを耐え続けた。
5回にはあわや先制打という当たりを、ライト・木村直人(2年)の見事な返球で助けてもらっている。
流れは鳳へ。そんな雰囲気にゲームはなりつつあった。
しかし、6回表の先制機を惜しくも逃すと、その裏に試合が大きく動く。
場面は2死2塁。打席の8番松井涼平(3年)は、岸の球をファウルで粘っていた。7球目。岸は、捕手・寺上和志(2年)の出すサインに少し首を振った。
「今まで一番練習してきた球で勝負したい」。
岸が選択したのは自信のあるスライダー。だが、松井の放った打球はレフト前にポトリと落ちた。耐え凌いできたエースがついに与えた失点。2年生がスタメンに4人ならぶ若いチームは、これで緊張の糸が切れたようになってしまった。
不運なミスが続き、この回3点。次の7回には2点を失った。
指揮官がついに投手交代を決断する。
マウンドを守り切れなかった責任を感じた岸は、降板の際大きく肩を震わせて涙を流した。でも指揮官はレフトにつくように命じた。
「レフトの西本(裕貴=2年)の方がバッティングは良いのに、馬田先生は僕を(試合に)残してくれた」。一度は涙したものの、もう一度気持ちを奮い立たせてポジションについた。
8回表、奮起したチームは反撃を開始する。8番、9番の2年生だけで1点を返したのを皮切りに、3年生も負けてられない。
「よくあそこから粘った」と指揮官も目じりを下げるほどの反撃は見事だった。
松井(住吉)
ミーティング。
3年生全員が今の思いを全部員の前で話した。岸が発した中に、「(野球部)入れてもらえないかも」という言葉が混じっていた。聞けば、入部したのは1年生の秋。それまでは陸上部に在籍していたそうだ。
「中学の時は野球をやっていたのですが、高校では入らないつもりでした。でも友達が野球をやっている姿を見て、抑えてきた気持ちが我慢できなくて」と話してくれた岸。
入部しても、練習嫌いだった岸が変わるきっかけになったのは、2年生の秋に対戦したPL学園戦。
「自分勝手に投げてしまい」と四球で自滅し、チームは0対8で大敗した。
それからは走った。指揮官も、チームメートも認めるくらいに。
変化球も磨いたという。
「一時は、直球を投げずに変化球ばかり練習していた」。
この日の6回に岸がスライダーを投じたのは、それだけ練習してきた自負があったからだ。
「打たれたのは相手が上手かったから。だからあの1球には悔いはないです」とここだけは語気を強めて話してくれた姿が印象的だった。
勝負だから勝敗はついてしまう。この日は結果としては勝てなかった。
でも岸個人として、そしてチームとして積み重ねてきたプロセスは間違いなく勝者と言える。
「やっている時はしんどい練習もあってキツイと思っていたけど、今振り返ると高校野球をやって本当に良かった」と胸を張って話してくれた岸。
最後に「点を取ってくれたら打者に感謝。負けたら投手の責任。それだけの余裕を持ってもらいたい」と後輩にメッセージを残し、左腕は高校野球を卒業する。
この姿を目に焼き付けて、後輩たちが来年どんな姿を見せてくれるかも楽しみだ。