石見智翠館高等学校(島根)
個の力を伸ばし、実戦へすぐ入るための「アップ」
2003年夏には甲子園ベスト4(当時旧校名:江の川)。今夏は初戦敗退も興南(沖縄)に大接戦を演じるなど山陰地区屈指の強豪として知られる石見智翠館。そんな彼らの強さは「アップ」にあるという。早速、現地に足を運んでみると、様々な配慮と意図が見えてきた。
社会人野球仕込み「アップ」の真意
ラダーを使いスピード感あるステップを踏む石見智翠館の選手たち
低く厚い雲の数々、ライト後方に見える凍えた日本海から吹き付ける強風。
9月8日・火曜日・15時過ぎなのに島根県江津市にある石見智翠館グラウンドには夕方のような雰囲気が漂う。
「冬になるといつもこんな天気ですよ」
PL学園(大阪)では左翼手で1996年夏の甲子園出場。日本大を経てJFE東日本でもプレー経験を持つ谷本 暁彦部長は全く意に介する様子はないが、テンションを上げるのにかけるパワーの大変さは容易に想像が付く。
その風を切り裂くように90名以上による大きな声を出してのアップが始まった。
いや、これは「アップ」と言えるほど生易しいものではない。2つ以上の動きが入ったダッシュ系。その後すぐに体幹トレーニング。10分程度各自での動きを入れた後に、ラダーを使いダッシュ系のステップトレーニング。
「今日はいつも考えていることをラダーのマスに動かしていく形を重視したので、スピードは遅い方ですよ」
甲子園では4番・一塁手、新チームでは主将も務める泉 勇太朗(2年)はサラリと話すが、猛烈な勢いで次々と走り抜ける選手たちからは汗がみるみるうちに浮かんできた。しかもここまではアップ「前半戦」である。
では、このハードなアップを行う真意は?
「10年以上前から僕が松下電器(現:パナソニック)時代にやっていたことを入れています。体幹トレーニングは動的な動きをしておくと身体が起きますし、ラダーは脳からの伝達をスムーズにします。身体が動いている状態を作っておくと準備もしやすくなりますし、判断の選択肢を広げる意味でも1つ余裕ができます」
高校は谷本部長と同じくPL学園出身で宮本 慎也氏(元東京ヤクルト・2015年インタビュー【前編】 【後編】)と同期。大阪学院大・松下電器を経て1998年から同校監督を務める末光 章朗監督が意図を語る。
確かに地方大会や甲子園を見ても立ち上がりや判断ミスで試合を失ったケースは数限りない。すなわち彼らのアップは単なるウォーミングではなく、練習・試合へすぐ入るための大事な準備段階なのだ。
「高校入学時からラダーをはじめて3ヶ月くらいしてから身体のキレを感じ始めて、バッティング練習でもスイングがよく回るようになりました」
泉主将もアップの効果を実感している1人である。
2つの動きに円周運動。「変化」の門戸は開けておく
ベース回りトレーニングでは中央の選手がタイムを測る
アップ後半戦。直径3mほどで数多くライン引きで作られたサークルに選手たちが集まり始めた。
合図と共にベースランニングよろしくサークルを回り始める選手たち。円周運動を終え、サークル中央のベースに到達すると、ストップウォッチを持った選手からは「○秒○○!」とすかさず到達時間が示された。
実はこのアップは健大高崎(群馬)も行っているアップ。
「今春の島根県大会1回戦で敗れた後、受身のトレーニングをやめようとして5月から採り入れました」
約5年前に興南(沖縄)視察に訪れた際に「2つの動きが入ったダッシュ系アップ」を発見し、すぐに自らのアップに採り入れた末光監督からの発案である。
実は今夏の島根大会でこのアップが活きたシーンがある。興南戦でも3番として2打点をあげた阿部 和真(3年)に、身体能力の高い選手がそろっていた準決勝・大社戦の1シーンを語ってもらおう。
「ホーム際の動きがよくなったことでアウトのタイミングをセーフにできたんです。細かいところでやってきたことが活きました」。この試合スコアは7対6。正に阿部の1点がなければ・・・・・・であった。
一方で指揮官は「劇的に変えてしまうと、悪くなったときに原因も追究できなくなってしまう」と選手たちに迷いを与えない配慮も忘れない。伝統は引き継ぎつつも、変化の門戸は開けておく。これも今夏甲子園出場への原動力になった。
「自分を知る」アップがその日を決める
石見智翠館の新主将となった泉 勇太朗(2年・一塁手)
アップの締めは盗塁・帰塁要素を含めた塁間走や50m走。ここでも谷本部長や選手たちはストップウォッチを握る。「キレがあるかないかが、秒数で見せ付けられます」と泉主将も言うように、その場で伝えられるタイムはシビアに現在の自分を示すものとなっている。
「野球は秒で戦う競技ですし、0.1秒で結果が変わることがありますから。これをすることで盗塁の一歩目のスタートはもちろん、守備も変わってきました」
旧チームの2番・二塁手の荒木 勇作(3年)もこの鍛錬が、夏の結実となったことを話してくれた。
こうして1時間にわたったアップを終え、練習は紅白戦形式のケースバッティングやフリーバッティングへ。末永監督からの指示は最低限であってもグラウンドにピンと張り詰めた緊張感は、「アップに入りながら練習に入っています」と阿部も語る実戦へのアップが生んでいるものだ。
「アップはその日の自分を決めるもの。そして最初の準備段階でいかに気を遣えるかがチームの勝敗を決める。甲子園では準備はできましたが、プレッシャーを感じた中での準備はできていなかったと思います。だからチームの目標は甲子園ですけど、僕らの代は目の前のことを大事に、いいアップをしたいです」
最後に球児たちへのアドバイスを求めた際に、キャプテン・泉はこう快活に答えてくれた。
かくしてアップの時間で自分の現状と課題を知り、調整を施し、チームに還元して勝利へつなげる歴史を積み上げてきた石見智翠館。彼らはこれからも「実戦につなげるアップ」の質を上げ、この夏達成できなかった甲子園1勝と、2003年に到達できなかったファイナル。そして監督室に飾られているPL学園の後輩「バトル・スタディーズ」なきぼくろ先生(2015年インタビュー)が描いた「石見智翠館全国制覇」への道を目指していく。
(取材・文=寺下 友徳)