九州学院vs球磨工
井上智輝(球磨工)
くまこう
“くまこう”
全国の高校野球ファンが、その名を耳にすると“熊工”のことが真っ先に頭に浮かぶ人もいるかも知れない。しかし、熊本にはもうひとつの“くまこう”がある。熊本県立球磨工である。
人吉・球磨地方に位置する球磨工は、地方公立校ながら毎年県大会で上位進出する力を持っており、もちろん熊本県内では、いわずと知れた存在である。今夏は、初戦で同じ人吉・球磨地方の多良木を9回サヨナラで退けるなどその勝負強さには確かなものがある。
そんな球磨工の先発マウンドには、この日もエース・井上智輝が立っていた。
サウスポーの井上は、真上から投げ下ろすような角度があり、ストレートの球速こそ120キロ台だが、大きく割れるカーブを駆使し、豪快さと打たせて取る巧みさを兼備するテクニシャンである。
「打たせて、しっかり守ること。これは夏に向けてやってきたことなんで、選手はよくやってくれたと思います」
球磨工の児玉豊監督がそういうように井上の好投が、野手陣のリズムを生み出し、絶妙のハーモニーに奏でていたのではないか。それは普段の練習をこの舞台ですべてみせてくれるかのように。
だが、それを打ち砕いたのが山下翼と萩原英之という甲子園でもお馴染みの3、4番コンビである。
4回、3番・山下が中前安打で出塁し、それに続けと4番・萩原も痛烈な中前安打。50m5秒68の脅威の快足が球磨工の野手陣に襲い掛かったのか。センターがファンブルする間に一塁から山下が一気にホームを駆け抜けた。
「山下君の足の速さは、やはりプレッシャーになりました。」(児玉監督)
出る人が出て、打つ人が打つとでもいえるような九州学院の鮮やかな攻撃はまるで電光石火の出来事だった。
さらに6回には、2死満塁から6番・坂井宏志朗がレフトスタンドに放り込むスリーランを放つなど計7点を奪い、終わってみれば8回コールド、7-0で九州学院が圧勝した。そして九州学院は、学校創立100周年という記念すべき年に狙う3季連続甲子園に向けて、また階段をひとつ駆け上がった。
それにしても球磨工は、強豪・九州学院相手に中盤までがっぷり四つの戦いをみせたところは、さすがと人吉・球磨地区の雄と言いたい。
5回まで1失点と粘り強く投げ、九州学院打線を苦しめた井上は、涙を拭い最後にこういった。
「今日が最後のマウンドになってしまいしたが、周りのみんなが声をかけてくれて、楽しくできました」
地方大会2回戦でコールド負けを喫したとはいえ、彼ら“くまこう”いや、“球磨工”は、熊本の聖地・藤崎台で思う存分、夏を楽しんだのではないか。
球磨工、ここにあり。
そんな言葉を熊本のファンに再認識させてくれたかのように。
(文=編集部:アストロ)