第34回 ボディバランス整体院 院長 殖栗 正登先生2009年08月14日

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第34回独占インタビューはボディバランス整体院の院長である殖栗正登先生です。
殖栗先生は野球でアメリカ・台湾と世界を見てきた経歴をもち、現在はベースボールトレーナーとして球児をはじめ多くのアスリートをサポートしています。そんな殖栗先生に御自身のプレイヤーの時の話から、殖栗先生が考えるトレーニング感について、お話を伺ってきました。
もっと上を目指す人は必見です。


プレイヤー時代

スタッフ(以下「ス」) まずは先生のプレイヤー時代を教えてもらえないですか?

殖栗先生(以下「殖」) 新発田南で高校野球をやり、その後、立正大学に進学したのですが故障をしてしまったんですよ。1年の夏にひじを故障して手術するという話になりました。まともにこのままやっても無理だろうなと思い、この時はせずに、手術をしました。その後リハビリ、そして社会人のクラブチームで投げました。
ただ、僕が大学2年の時というのは野茂さんがアメリカに行かれた年で、野茂さんの活躍によってアメリカで野球をやるという選択肢が出てきましたね。
まだ10代だったので若かったというのもあります。
怪我で失意のどん底にいたのが、すぐに頭は切り替わりました。手術をしてリハビリをしてアメリカで野球をやると。俺まだ野球やれるぞ!と思いました。

その時代はどうやって情報を集めたのですか?

球団全部にFAXしました。当時は140キロぐらいしか出なかったのですが、MAX150キロと書いて、とりあえず、(テストを)うけさせてもうおうと思いました。結果、数球団から返答がきて、とりあえず春季キャンプに来いとのFAXが来ましたね。

ただ、当時僕は大学2年生で、①そこで大学を辞めて、(アメリカに)いくか、②一旦アメリカに行くか、③手術するかの3つの選択肢があって、大学を辞めようと思ったのですが、両親に言えずとりあえず手術をして治そうと思いました。大学3年までに単位をとって、4年をフリーにして野球に費やそうと思い、その2年間をリハビリとトレーナーの勉強をしました。

そして、大学1年から2年はトレーナーのセミナーに出席したり、整体の学校に行ったりして勉強をしながら、お金を貯めて、4年になって、そのつてを頼って、行きました。

そして、そこで代理人と知り合いになり、独立リーグを紹介してもらい、テストを受けました。結果は130キロ後半位で、練習生で、という事だったので、次に台湾に行きました。

台湾も一緒ですよ。当時、台湾は黒い霧事件で台湾の選手がいなくて、外国人枠が7人でレベルが高かったです。台湾はその当時、二軍がなく、すでに7人の外国人枠が埋まっていたのでまた練習生という形でした。
その時は球速141キロが出るまで回復していましたね。ただ今度はキャンプ中にグランドが硬くて半月板をやってしまいまして…
半月板の手術をして、メジャーリーグのテストを受けたのですが、球速も130キロ中頃で、ここで次の目標に切り替えようと人生の決断をしました。 

そこに迷いは? 

 なかったですね。元々、中学生の時、将来はプロに入って引退後、トレーナーになるって決めてましたから夢の方向転換です。

 

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プロフィール

殖栗正登先生
殖栗正登先生
  • 新発田南高校卒業後、立正大学に進学。
  • 怪我のため、野球部を退部するもプレイヤーとしての情熱を持ち続け、米国、台湾で野球(2軍練習生)として夢を追う。しかし、度重なる怪我によりプレーヤーとしての道を断念し、引退。
  • その後整体やカイロプラクティックなど、体に関する様々な分野を学び、整体とスポーツトレーニングを融合したボディバランス整体院を開設。
    現在、ボディバランス整体院で、多くのプロ野球選手から大学野球,高校野球などのアマチュア選手まで幅広く指導。モデルなども指導している。
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