目次
[1]投手転向のきっかけとなった1年秋の練習試合
[2]自分の動きを最大限発揮できるようフォーム・変化球の握りも追求

 2018年7月12日、明豊をあと一歩まで追い詰めた大分工・2年生エース・日高 翔太。168センチながら、最速143キロを誇るストレートは回転数が高く、多彩な変化球を制球力良く投げ分けたピッチングは大人びていている。

 さらに遊撃手・二塁手もそつなくこなし、かつて川崎憲次郎投手(元中日)を指導した山本監督は「野球センスの高さは歴代の教え子でも上位に入ります」と評するほど。なぜ日高は高い野球センスを発揮できるのか?

投手転向のきっかけとなった1年秋の練習試合


 身長168センチ。今でも身長を伸ばしたい思いはある。日高は背が低い劣等感をバネにして、ここまで成長してきた投手だといえるだろう。そんな日高が野球を始めたのは小学校1年生の時、戸次(へつぎ)少年野球団でのことだった。

 小学校までは投手だったが、中学で大分シニアに進むと同学年には投手が多く、投手はあきらめ、外野・ショートを兼任。最終学年になると3番を打つまでに成長する。その野球センスの高さはチームメイトからも絶賛されていた。

 大分シニアのチームメイトだった大分舞鶴のエース・常廣 羽也斗(つねひろ・はやと)は「足も速いし、肩も強いし、打撃も良いし、野球センス抜群の選手でした」と凄さを語る。大分工でバッテリーを組む今宮も「大分市内では話題の選手でしたし、すごいやつだなと思っていました」と振り返る。ただ日高自身、投手として活躍できなかったことに悶々とした思いだった。
 「体も小さいですし、投手はもうできないかなと思っていました」

 大分工進学のきっかけとして、兄の影響があった。
 「兄は大分工出身でよく応援にもいっていました。伝統もある学校で大分工でプレーしたい気持ちがありました」



取材日にも内野守備をしていた日高翔太投手

 大分工には遊撃手として入部。1年秋には1番遊撃手のレギュラーを獲得するまでに成長した。県大会では背番号6でベンチ入りしたが、その県大会直前の9月前半、投手に転向する出来事があった。

 大分工は県大会に備え、宮崎日大鹿児島実と練習試合するために遠征を行った。遠征は限られたメンバーだけが行き、2日間で故障をさせないように、投手をやりくりする。試合が進むうちに投手が少ない事態になり、その時、当時の監督が「投手できるやつはいるか?」と選手に求めた。

 そこで志願したのが日高だったのである。遊撃手としてプレーしながらも、投手をやりたい気持ちは諦めきれなかった。
 「自分のウリはなんといっても肩の強さだと思っているので、肩の強さをアピールできる場所は投手しかないと思って、志願しました」

 6回裏から登板した日高は4回無失点の好投。翌日の鹿児島実業戦では8回途中まで無失点。そこから一気に5点を失ったが、久しぶりの投手としての登板で、強豪2校に好投を見せたのは大きな自信になった。

 この好投が認められ、秋の県大会では投手として登板も経験。大会後の練習試合では投手としての起用が少しずつ増えていく。

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