目次

[1]1年春からデビューも自分は何も力になれなかった
[2]選抜で勝負強い打撃ができた要因
[3]夏こそ高嶋監督を胴上げしたい

 強打者揃いの智辯和歌山。2年生ながら早くも2019年のドラフト候補の資質を見せているのが、黒川 史陽である。父・洋行さんは1993年上宮の優勝時の主将として活躍。兄・大雅も日南学園で甲子園出場と野球一家で育った黒川は、智辯和歌山に入学すると、1年春からレギュラーを獲得。1年夏の甲子園で初安打を記録し、2年春の選抜では1本塁打7打点の活躍で、選抜準優勝に貢献した。

 黒川について高嶋監督は「入学から別格の実力がありましたし、あいつの打球は逆方向へよく伸びる。あれは教えてできるものではなく、天性のものですよ。」と絶賛する。そんな黒川にこれまでの歩み、甲子園での活躍を振り返ってもらった。

1年春からデビューも自分は何も力になれなかった


2年生ながら早くも2019年のドラフト候補の黒川史陽(智辯和歌山)

 ―― 幼稚園の年中から河合フレンズに入団し、野球を始めた黒川選手。当時は同意ポジションを守っていたのでしょうか?

黒川史陽(以下、黒川): ショート、キャッチャー、ピッチャーをメインにこなしていました。

 ―― 泉州阪堺ボーイズでは、どういう選手でしたか?

黒川: 当時はショートとサードを兼任していました。

 ―― 当時はどんな選手でしたか?

黒川: チャンスではよく1本を打っていて二塁打が多かったです。本塁打は8本ぐらいですね。

 ―― 智弁和歌山に入るきっかけはあったんですか?

黒川: 自分が中学2年生の時に山本 龍河さんが選抜の明徳義塾戦でホームランを打った姿がかっこよくて、それを見て、行きたいと思いました。

 ―― 智弁和歌山に入学し、1年春からスタメンで出場します。いきなりスタメンで器用されていかがでしたか?

黒川: まさかいきなりスタメンで出ることは考えてなかったので、引っ張ってもらってました。自分は何もできてなかったです。

 ―― でも県大会決勝戦で4打数4安打を打っています。

黒川: 自分は1年でそこまで実力はなかったですけど、先輩に引っ張ってもらって結果を残すことができたと思っています。

 ―― 近畿大会でも、大阪桐蔭の徳山壮磨投手(現・早稲田大)からヒット打ってますよね。振り返っていかがでしょうか。

黒川: ヒットといっても、ポテンヒットでしたので、上級生の力になれなかったです。1年から出てるのに、チームを引っ張っていかれないところがあったので、自分の実力の低さを痛感して、練習しないといけないなと思いました。

 ―― それでも1年の夏もスタメンを獲得し、甲子園に出場。甲子園を経験していかがでしたか。

黒川: 甲子園でも、やっぱり先輩に連れて行ってもらって、そして引っ張ってもらった感じで、自分では何もしていないので。でも1年の夏に甲子園を経験できたということは、自分の野球人生の中でだいぶ大きかったです。

 ―― 和歌山に戻り、昨秋は主にサードでの出場となりました。近畿大会でもホームランを打ったりの大活躍でした。

黒川: 秋はケガで試合に出られなかった林(晃汰)さんの代わりという形で出させていただきました。林さんみたいに打てたらいいなと思っていました。
 うちの打線は林さんが抜けるだけで違うし、自分も責任感じたので、たまたまですけど、ホームラン打てたのはよかったです。決勝では1本も打ててなかったので、反省しないといけないところはあると思いました。

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