目次

[1]甲子園を叶えた仙台育英バッテリー
[2]3回戦まで勝ち進んだ甲子園
[3]2人の今後の夢は?

 2012年、甲子園に出場した仙台育英渡邊 郁也投手と田中 吏捕手のバッテリー。卒業後、渡邊選手は青山学院大で内野手としてプレー。田中選手は順天堂大でトレーナーを目指しながら勉強に励む毎日です。2人に高校時代のエピソード、現在について、そして将来の目標を語っていただきました。

甲子園を叶えた仙台育英バッテリー

渡邊投手の高校時代
【写真:2012年 第67回ぎふ清流国体 1回戦より】

――まず2人の出会いはいつからになるのでしょうか?

田中 僕たちは小学校の時に出会いました。毎年12月に行われるNPB12球団ジュニアトーナメントで、僕と郁也は楽天ジュニアに選ばれました。僕は捕手で、郁也は投手でした。

渡邊 田中は小学校の時から174センチもあったので、会った時は本当に大きいな!と思いました。楽天ジュニアでは元プロの方に楽しく野球について教えてもらって、また楽天の本拠地で練習することができたのが良い思い出です。

――仙台育英は非常に自主性が高いチームだと感じるのですが、2人はどんなことを念頭に置いて練習に取り組んでいましたか?

渡邊 僕は投手でしたので、走り込みの練習を本当に多くしました。

田中 僕はそれほど能力が高い選手ではなかったので、捕手として考えて野球をやることを頑張っていきました。キャッチング、スローイング、リードを徹底的に磨いて、そして勝てるように相手チームの情報収集も頑張りました。

――高校時代、2人はバッテリーを組んでいましたが、信頼関係についていかがでしたか。

渡邊 僕が投げる時は、(捕手は)田中と決まっていたんですよ。他の捕手と組むよりも、なぜか田中の方が合っていて、呼吸が合うんです。

田中 確かにベンチから他の捕手と組んでいる時の郁也のピッチングを見ていても、あっていない感じがしたんですよね。言葉では表現がしづらいんですけど。僕と組むことが多かったですね。

――3年夏は甲子園に行きましたが、夏の大会前から甲子園に行ける手応えは感じていましたか?

田中 僕たちは東北大会でも準優勝をしていて、このまま普通にやっていればいけるというのを感じていました。

――その夏の宮城大会決勝では東北と対戦。2対1と接戦を制しました。渡邊投手は無四球の完投勝利でしたね。

渡邊 僕はそんなに良い投手ではなかったですが、取られたら、打って返すチームでしたので、結構、気楽に投げられた感じがします。

田中 いつも通りに、郁也の良さを出すことを意識して、1~2点に抑えれば大丈夫だと感じました。

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