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[1]甲子園で輝けるチャンスを
[2]史上初の甲子園でプレーする大学準硬式の選手たちのホンネ

[1]甲子園で輝けるチャンスを
[2]史上初の甲子園でプレーする大学準硬式の選手たちのホンネ

史上初、甲子園で大会開催の大学準硬式野球界 夢舞台実現まで準備してきた4年間の裏側


 全日本大学準硬式野球連盟は28日、共同通信本社にて記者会見を開き、11月13日に阪神甲子園球場にて、大学準硬式野球界初となる甲子園球場での大会を開催することを発表した。

 連盟設立75周年記念プレマッチ『全日本大学準硬式野球東西対抗日本一決定戦甲子園大会』と題し、東西それぞれで選抜チームを編成。大学準硬式の精神である文武両道に乗っ取り、野球の技術はもちろん、大学の成績も盛り込まれた選考基準を満たした精鋭25人と、スタッフも合わせて総勢42人がオールスターチームを東西それぞれで編成する。

甲子園で輝けるチャンスを


 甲子園で大会を開催すること自体、2018年から杉山智広理事が水面下で動いていた。
 大学準硬式というカテゴリーは、甲子園に出場するような名門校で主力だった逸材ばかりが集まるのではなく、高校時代に様々な経験をした選手が集まる世界だからこそ、大学準硬式でもう一度挑戦できる環境を作りたかったからだ。

 大学準硬式の魅力は、選手の受け入れに対する柔軟性だ。多くの選手は地方の実力校や進学校でレギュラーだったものの、甲子園には手が届かなかった。また高校時代はケガを抱えて控えやベンチ外と苦しい思いをしてきたり、今もなおケガと向き合っていて思うようにプレーできない選手もいる。はたまた高校時代は硬式ではなく、軟式野球や女子野球、まったくの野球未経験者まで、様々な選手たちが大学準硬式という道を選んで、プレーをしている。

 選手によってこれまでの道のり、抱えている悩みは違うが、やはり野球人である以上、夢舞台は甲子園であることは変わりない。選手たちの今後のためにも、高校時代に甲子園を出場できなかったまま野球人生を終えるのではなく、大学準硬式でも甲子園を目指せる環境を整え、高校時代の経験を生かしながら、もう一度出場する、また初めて出場するチャンスを作ろうと、杉山氏は考え、甲子園で大会が開催できるように準備を進めていた。

 準備期間中の2020年、新型コロナウイルスの影響で甲子園の中止が決まり、夢舞台へ挑むことすらできなくなった高校球児たちも見てきた。自身も元高校球児である杉山氏はこの時、「大学準硬式という人財育成のプラットフォームとして、最高の舞台、甲子園を目指せる環境を何としても整え、甲子園の経験を生かして次のステージで活躍できる学生たちになってもらいたい」という思いが込み上げ、甲子園で大学準硬式の大会を開くことに対する思いは、さらに強くなった。

 思いを原動力に変えて、甲子園球場とも1つ1つ丁寧に確認・相談しながら進めていき、自身の熱意もしっかりぶつけて交渉し続けた。選手たちのために、行動をし続けた結果、連盟初となる甲子園の使用が認められ、まずは舞台が整った。

 詳しいプログラムを組んでいくなかで、2022年には学生たち主体のプロジェクトチームを発足。近藤みのりさん(愛知大=4年)を中心に学生が主体となって会議を重ねてきた。初の試みである以上、会議を何度も重ねた。選抜チームのユニホーム制作をはじめとした話し合いが続くなかで、就職活動も控えていた近藤さんは多忙の毎日だったという。

 「日中は就職活動をして、夜に甲子園プロジェクトのミーティングをするような毎日でした。あとは自分のチームのリーグ戦であったり、アルバイトも一緒にやっていましたし、全日本の学生委員として全国大会の準備もやっていました」

 就職活動は無事に終わったということだが、自チームのリーグ戦も考慮して就職活動をするなど、スケジュール管理に苦戦を強いられながら過ごしてきた。忙しい毎日を過ごしてきたが、「チームメートとのつながりといいますか、チームメートの喜ぶ姿や一緒に過ごす時間が支えになっていました」と仲間たちが支えとなって、プロジェクトチームを引っ張ってきたという。

 これから甲子園に向けて広報活動など、試合当日までやることは山積みだが、「連盟初となる甲子園を必ず成功させ、選手たちが輝ける環境を整えたい」と、プロジェクトチームを代表して、夢舞台を陰ながら最後まで支えることを誓った。

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