県立豊橋工業高等学校(愛知)
第87回センバツ高校野球に21世紀枠代表として初出場を果たした豊橋工。グラウンド条件も、他部との併用を余儀なくされており、必ずしも恵まれている環境ではない。そんな豊橋工は初の甲子園の舞台へ向けての意気込みも盛んだ。
昨夏甲子園出場の東邦に2度の接戦を演じる
豊橋工が注目されたのは昨春、県大会で名門の東邦相手に9回までリードをして、あと一歩まで追い込んだときが最初だった(試合レポート)。結局、追いつかれて延長の末に敗れるのだが、その後、夏の愛知大会でも再び東邦と対戦(試合レポート)。まったく同じような試合展開で、またしても延長の末に敗れた。東邦は、そのまま甲子園出場を果たした。東邦を最も苦しめた相手として、改めて豊橋工の存在が認識された。エース森 奎真君と彦坂 拓真君のバッテリーと遊撃手の江川 清太郎君が2年生で、そのまま残って秋季大会の戦いが期待された。
いざ、気合を入れる豊橋工ナイン(県立豊橋工)
「春は(相手が自分のことを)知らないままで投げられたのですが、夏は研究されてきた上で、それでもあれだけ投げられたことは自分では自信になりました」
森君も、夏の好投でさらに自信を得たことは実感している。
「グラウンドに出ていたのは3人だけでしたけれども、自分たちに力がついてきているなということは実感できました」
新チームになって、主将に選ばれた中村 亮太君をはじめ、強豪に食い下がれたことでチーム全体が自信を深めていく要素となった。
その秋は、東三河地区の二次トーナメントでは1回戦で愛知桜丘に敗れ敗者戦からの復活で県大会に進出。県大会では大同大大同、愛知産大工、夏準優勝の栄徳、愛知啓成(試合レポート)と私学の中堅校や有力校を相次いで下した。愛工大名電には敗れたものの、3位決定戦で春日丘を下して東海大会に進出した。
ただ、県大会の疲労もあった森君はノースロー調整でぶっつけ本番みたいな形になり、立ち上がりに浜松修学舎に掴まって4点を失い敗退(試合レポート)。東海大会で勝てなかったこともあって、21世紀枠の代表候補として推薦はされたものの、意識としては夏を目指していこうという姿勢で切り替えて、冬のトレーニングに挑んだ。
東海大会で実感したのは、パワーの不足だった。そのために、体幹を鍛えることを目指してメニューを組んだ。腕立て伏せに関しても通常のものとは形を変えて、身体の軸を強くしていくことに主眼を置いた。
全国で9校の21世紀枠候補校にも選ばれたが、まだ実感はなかった。ところが、日々の練習姿勢や朝20分間の学校周辺の掃除や、日本善行会から表彰を受けるなどして、地域に密着して地元からも愛されていることなども評価されての選出となった。工業校らしくグラウンド整備のトンボやカウントを示すBSOボードや得点板、あるいは観戦用のベンチなども手作りだ。3年生たちが課題研究でさまざまなものを作って、それを後輩に残していくのも伝統となっている。そうした道具や環境への工夫がみられるのも特徴といっていい。
「豊橋市からは62年ぶりのことですし、地域の人たちや応援して下さっている方々にも感謝しながら、工業校の代表として選ばれたということも誇りとして戦いたいです」
と、林 泰盛監督(34)は素直に選出されたことを喜ぶとともに、その責任の重さも感じながら気持ちを引き締めている。
甲子園の環境に対応するためのチーム作りと準備法
今年のチームについて林監督は、
「決して打てるチームでもありませんし、甲子園で勝てるとしたらロースコアの試合しかないと思います。何とか森が3点以内に抑えてくれて、打線としては何とかしてそれ以上の得点を挙げられればという戦い方になると思います」
林監督は冷静にチーム力を分析している。とくに、冬からのテーマは二つあった。一つは下位打線に力をつけさせることだ。そのためには、振り込みも数を増やしてきた。そうした中で、チームでは数少ない左打者でもあり、8番の乙部 公輝君あたりが力をつけて結果を出していかれれば活性化できそうである。また、唯一の新2年生でレギュラーの座を掴んでいる岡 竜生君にも林監督の期待は高い。
3番遊撃手として経験も豊富な江川君はセンスの良さが光る。やはり、夏の経験があるセンターラインの存在は貴重だ。江川君は、そんな中で守りでもキーマンとなっていく。秋の打率も3割を超えており、打線としては頼みとなる存在である。さらには、一発も秘めている彦坂君が4番打者として好機に打っていって得点するというのがパターンとなる。豊橋工としては、これが理想の得点の挙げ方ということになる。甲子園でも、こうした形が作れるのかどうか、打線の課題はここにかかっていると言えよう。
市民球場での試合前の練習(県立豊橋工)
初めての舞台でもあり、甲子園で体験することになるであろう、早い試合展開についていくことにも慣れていかなくてはいけない。そのためには、甲子園に派遣されて実際にジャッジしたことのある県高野連の審判員の人にも来てもらって、スピーディーな試合運びや審判に何をどう促されていくのかということも、実地練習の中で理解していくようにしている。
また、学校のグラウンドは狭くて外野の守備練習や中継プレーなどに関しては、常に不安があった。センバツ代表が決まって以降は、豊橋市の好意などで積極的に市民球場や市営球場が借りられるようになって、中継プレーに対しては、広い[stadium]甲子園[/stadium]に対応できるようにということを意識して取り組んできている。
冬の練習でも、網のないグラブを用いて手のひらの芯で捕る感覚と、捕ってから送球への素早い動作を作っていくことに励んだ。実際の球場ではカバーリングも含めて、こうして冬の間に積んできた練習の確認をしていくことでもあった。
「縮こまってやっていると、結局エラーが出てしまいます。そういう意味では、練習試合でもこうして球場を貸していただいて、いつもよりは多くの人が見に来て下さるという状況でプレーしていくことで、(緊張する場面にも)慣れていくということもあります。それは、打席でも同じことだと思います。緊張感のある中で、いかに腹をくくって打席に立てるかどうかということも大事です。もちろん、どうするのかと考えることも大事ですが、切り替えていくこともまた大切です」
と林監督は語る。
全面協力の豊橋市の期待に応えたい
林監督は、豊橋市など地元が全面的に協力してくれていることも実感している。通常はこの時期、中日ドラゴンズがファームの試合などで使用することもあるので、[stadium]豊橋市民球場[/stadium]は例年であればこの時期は芝生の養生のために、一般の使用は控えているという。それを、今回は特別にあけて使用させてもらっているのだ。このあたりも、豊橋市が先頭に立って、今回の甲子園出場を支援しているという姿勢がよくわかる。
森 奎真君(県立豊橋工)
それに、地元のFM局やケーブルテレビなども、連日のように取材に訪れている。こうして、周囲も甲子園出場を盛り上げてくれているのだ。
「市が盛り上がってくれていることで、励みになっていくと思います。少年野球の選手たちも多くが(練習や試合を)見に来てくれていますから、その憧れの存在になれるようにも、意識してやっていっていいと思っています」
地域への感謝の思いの還元を、プレーで示していこうという意識を持つようにしている。周囲の目を意識することで、自分たちのモチベーションも上がっていくという効果もあるはずだ。
昨年の思った以上の活躍によって、肩や心身の疲労が心配されていた森君もオフの間にじっくりと身体を作って、順調に仕上がってきている。
「自分でも、いい感じになってきているなという気がしています」
と、本番へ向けての準備はできている。
「まだまだ、スピードも出てくると思いますし。これから、もっと力を発揮していくと思います」
森君が豊橋工に進学するということを知って、自分も豊橋工へ行けば、森君とバッテリーが組めるだろうと思ったという彦坂君。その思いがかなったどころか、甲子園でもバッテリーが組めることになったのだが、リードする彦坂君は日々ボールを受けながら、気持ちも盛り上がっていっているという。また、練習の中で、森君が徐々に仕上がり具合のよさを示してきていることを感じている。
新チームが作られた時に、選手間投票と引退する3年生の指名とで、満場一致で選ばれた中村主将は、つねに全体に目を配りながら取り組んでいる。
「チーム全体のモチベーションも上がってきていますし、いい方向に向かっていると感じています。球場での練習では、[stadium]甲子園[/stadium]の広さなんかも、意識しながらやるようにしています」
外野からの送球に関しては、ホームベースを少しずらして、[stadium]甲子園[/stadium]サイズに合わせて、距離感なども掴んでいけるように工夫している。初物づくしではあるが、こうした経験の一つひとつが自分たちを成長させていってくれることも身をもって感じているのだ。
地域にも支えられている地場密着の公立工業校である。多くの地元の声援を背負いながらの戦いぶりが楽しみである。
(取材・文 手束 仁)