目次

[1]サラリーマンから監督に転身した大牧氏の就任から始まった
[2]細かな野球ができるように


 山梨学院の優勝で秋季山梨県大会は幕を下ろした。山梨学院は関東大会でも準優勝を飾り、来春の選抜をほぼ確実にした。同時に、県内では追いかけられる立場となるが、その先頭に立つ存在の1つが、帝京三だ。

 甲子園の出場実績はまだないが、西武の若手右腕・水上 由伸投手をはじめ3名の現役選手が帝京三で過ごした。

 新チームは秋季県大会で準優勝し、関東大会に山梨代表で出場。初戦で木更津総合(千葉)に0対3で惜敗と、22年ぶりだった秋季関東大会で爪痕を残した。

サラリーマンから監督に転身した大牧氏が就任から始まった


 22年ぶりの快進撃が始まるという予感は、秋季大会の初戦から醸し出されていた。
 初戦の塩山戦で、15対0の5回コールド勝ちによる参考記録だが、完全試合を達成。エース・三上 大貴投手(2年)の好投と、強力打線が見事に噛み合った試合運びで達成した。

 攻守でバランスの取れた戦いぶりは、元サラリーマンの若き新指揮官が取り組んできたことが形になって表れた結果だが、同時にこれは快進撃の序章に過ぎなかった。

 帝京三は夏の大会をキッカケに、コーチとして母校の指導に尽力していた大牧先生が新監督に就任した。大牧新監督は帝京三を卒業後、東北福祉大へ進学して硬式野球を継続。その後は営業マンとして社会人生活をはじめながら、クラブチームで継続する形で野球とのかかわりを持っていた。

 しかしある日、恩師からの連絡で大牧監督の人生が変わった。
 帝京三時代の恩師である輿石監督から連絡を受け、明桜のコーチとして高校野球に携わることになった。当時は会社でも結果を残し生活も安定していたが、恩師からの頼みを断われるわけもなく、転職して明桜のコーチに就任。

 その後は教職免許を取得するために、再び山梨に戻り通信制の大学に通いつつ、ガソリンスタンドのアルバイト、そして外部コーチという形で帝京三の指導をして生活をしてきた。既に結婚していた大牧監督にとってはかなり厳しい時期であったが、この経験が、現在の選手育成の土台になったと振り返る。

 「アルバイトで指導される側に回ったことはもちろん大変だったのですが、指導を受けている間に気づいたんです。『大人だって、話を聞かずに怒ってばかりいるとミスを連発する』ってことに。そこを改善するためには互いが聞く耳を持って話し合いをしないと、いくらやる気があっても関係性は悪化しますので」

 それに気が付いた大牧監督は、現在は選手たちの能力や性格を注意深く観察して、その子にあった話し方をする。高いモチベーションを保って目標に向かっていけるように、言葉を選びながら教育することの大切さを、身をもって学び、2021年、満を持して稲元先生と交代して大牧監督が指揮を執ることになった。

 だからこそ、選手育成で重きを置いたのは野球以外の部分だった。

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