名門・天理はなぜ投票制、効率化を重視しながらも全国の舞台へ行けるのか【前編】
秋の近畿を制したのは強打の智辯学園。西村 王雅、小畠 一心、前川 右京といった経験者をはじめとした戦力で頂点まで勝ち上がったが、公式戦で唯一白星を挙げたのがライバル・天理だ。
中村 奨吾、太田 椋といったプロ野球選手も輩出する全国屈指の名門校である天理。現役時代は主将として全国制覇を経験した同校のOBにして元プロ野球選手の中村良二監督の下、今年のチームはいかにして近畿大会8強までの結果を残したのか。
少ない時間を効率的に過ごす
アップをする天理の選手たち
取材日、天理高校のグランドに足を運ぶと、入念なストレッチやアップ。そしてキャッチボールにも時間を割き、ケガを防止する姿勢がすぐに分かった。またこの日は守備の基本を徹底的に覚えこむべく、基礎練習を中心にメニューを消化。オフシーズンらしいメニューではあるが、見ていて気づくのは本数が少ないことだ。
冬場になると、素振り1日1000本といったようなノルマを決めるチームも多い。しかして「ウチの場合は平日300回、土日祝日は500回を練習時間のノルマにしています」と中村監督は説明。毎年、強打のチームの印象が強い天理からすると、意外な数字である。
しかも、その数字はロングティーやティーバッティングの本数もカウントするとのことで、素振りをひたすらやるような感じではないというのだ。しかし、そこには名将・中村監督なりの考えがあってのことだ。
「時間の制限があることもですが、たくさんやるにしても惰性でやることは意味がないです。でしたら、短い時間で少ない回数でも効率よくやろうということですね」
しかし、選手たちからすると、やはり物足りないと感じることが多いようで、旧チームから選手たち自ら朝練で素振りをし始めるなど、選手たち自ら進んで練習量を増やす動きも出てきた。この傾向を中村監督は最も大事にしていることなのだ。
「短い練習時間に無理やり1000回振らせるよりも、練習では300回やって、寮に戻ってから700回振ってもいいわけですよね。けど得られる効果は同じ1000回でも全然違います。自分たちで考えて取り組む練習の方が力はつくので、寮での自由時間を大事にしてほしいと思っています」
だからこそ中村監督は「自主練習の時に何をするのか。それも見ています」とどんなメニューをするのかにも目を光らせる。そこで取り組メニューが違うと思えば声をかけることもするという。選手に任せる自主性があるとはいえ、正すべきところは正すようにしているのだ。
天理が投票制を採用するわけ
礎練習に打ち込む天理の選手たち
今出てきた自主性という言葉は、全国の多くのチームが直面する課題。これまでチームに取材してきたなかで何度も耳にしたキーワードだが、天理でも自主性を重んじるスタイルがある。これは中村監督の現役時代の恩師の教えを継承しているところがきっかけだが、その取り組みが驚きである。
なんと、ベンチ入りメンバーを投票制で決めるのだ。これは就任した2015年の秋から採用していることで、甲子園や近畿大会、神宮大会といった大舞台の際は指導者間で話し合うが、県大会のメンバーは選手たちに決定権を委ねるのだ。
この取り組みをまず選手たちはどのように感じているのか。
「自分たちで決める以上、結果だけではなくて日々の頑張りや寮生活なども見るので、『この選手なら背番号を託せる』と思って決めています」(杉下 海生)
「やる気のある選手、頑張っている選手がベンチに入れば勇気が出ますし、こっちもやる気になるので、雰囲気は良くなります」(瀬 千皓)
これを採用した中村監督は「逃げていると思われるかもしれません」と前置きをしながらも、投票制を取り入れる理由を語りだした。
「プレーをするのは選手たちですし、我々が見えていない部分も沢山もあります。やはりまだ高校生なので自分に甘いところがあります。しかしベンチに入って活躍をしたいのならば、それ相応の練習をしてほしいとは伝えています。
手を抜いていては試合に出られませんし、仮に決まった20人が手を抜いているメンバーなら勝てないし、甲子園もいけない。甲子園で優勝することを考えるのであれば、自分たちで練習をするようになりますが、それでも結果が残らなければ『これだ大丈夫なのか』と問いかけはしています」
主将の内山 陽斗も「自分勝手な行動をすると、信頼はされないので、良い取り組みだと思います」と日ごろから高い意識をもって取り組めていると実感。ベンチ入りのメンバーを決める権利を与える代わりに、練習や日々の生活に責任感を与える。これが自主性という言葉をはき違えないために天理が取り組むシステムである。
前編はここまで。次回は今年のチームの秋季大会までの歩みを見ていきます。次回もお楽しみに!
後編はこちらから!
「今年は不思議なチーム」天理の近畿8強への道のりと今後の課題【後編】
(取材=田中 裕毅)