就任当初はまさにイノシシみたいだった



前田三夫監督(帝京)*2019年秋季都大会 日大三戦より

 甲子園通算51勝は歴代5位タイ。1989年夏の初優勝を皮切りに、92年春、95年夏と、3回の全国制覇がある。だが、2011年の夏を最後に甲子園から遠ざかったままの勇退となった。この夏の東東京大会前に出向いたとき。こんなにも甲子園から遠ざかるのは、就任から初出場までを含めても最長になりましたね……と水を向けると、

「最後は地力とメンタルの勝負になるんだけど、大きな舞台を経験していないと、ホンモノのメンタルの強さ、あるいはガツガツした欲がついてこないんですよね」

と話していたものだ。今夏の東東京では、準決勝で二松学舎大附に2対4で敗戦。それが最後の采配となった。いまにして思うと大会前、前田さんからはそれこそ「ガツガツしたもの」があまり感じられなかった。たとえば大学を卒業してすぐ、72年に監督に就任したころは、本人曰く「イノシシみたいなものだったよね」というように、わき目もふらず猪突猛進するのみだったのだ。

「72年の1月15日だったかなぁ。大学を卒業する前、監督に就任する挨拶で、部員たちに"みんなで甲子園に行こう!"とぶち上げたら、彼らは爆笑ですよ。こっちは張り切っているのに、もう頭に血が上って、翌日からの練習はスパルタもいいところです。"やる気がないならやめちまえ"という感じ。そうしたら本当に1人、2人とやめていって、1週間で6人に、2週間もしたら4人になっちゃった」

 2週間で部員が4人になったのはよく知られた話だが、就任までのプロセスもなかなか興味深い。まずは、前田さんが帝京の監督になるまでを振り返る。

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