智辯学園vs滋賀学園
大会2完封の村上頌樹から学ぶタイミングの外し方とフォームの原理
1回戦が出揃った翌日、スポーツ紙に1回戦を総括する記事を書き、その中で木更津総合の左腕、早川 隆久を「肩を開かないことが長所」という内容で紹介した。毎日放送の解説のために甲子園入りした松本 稔さん(前橋高のエースとして1978年選抜大会に出場、比叡山高戦で史上初の完全試合を達成)はその記事を目にされたらしく、「滋賀学園の神村(月光)くんは開いていますか」と聞いてきたので、私は「開いていると思います」と答え、そのあとに「開いても指先の感覚がいい子っているじゃないですか。そういうピッチャーなんだと思います」と付け加えた。
そう答えたが、変則的なフォームは体のさまざまな部分に無理を強いるので、試合が続くと自慢の指先の感覚も狂いが生じてくる。1回に3安打を許して2点を失い、2回には先頭の8、9番打者に四球、死球を与え一、二塁とし、1番・納(おさめ)大地(3年)にライトの頭を超える三塁打を許し、序盤で早くも智弁学園が5対0とリードした。
神村 月光とは対照的に智弁学園の先発、村上 頌樹(3年)はセオリーに忠実な投球フォームでボールを低めに集めた。体に密着したバックスイング、ヒジの立ったテークバック、さらにゆったりとしたステップで体を前に押し出していき、左肩は早く開かず、どんな球種でも同じように腕を振って投げ分けられる、というのが村上のよさだ。投げ始めからボールがキャッチャーミットに届くまでのタイムは2.1秒以上。
これだけのタイムをかけて投げる投手は例外なく、まず最初に下半身が打者に向かってせり出していき、それにリードされて上半身があとをついていく、という投げ方をする。今大会では早川(木更津総合3年)、山崎 颯一郎(敦賀気比3年)、高山優希(大阪桐蔭3年)がそうだった。こういうピッチャーのいいところは打者の様子を見ながらボールを操れるところで、0.1秒タイミングを遅らせるとか早めるとかいう操作ができる。1.6、7秒くらいでパッパと投げるピッチャーには逆立ちしてもできない芸当だ。
ストレートの最速は毎試合137、8キロでけっして速くはないが、97キロのカーブも117キロのスライダーもストレートと同じように強い腕の振りで投げられる。見た目は普通の本格派で特別速いストレートを持っているわけではないが、「ゆったりした投球フォーム」と「強い腕の振り」が、チームをここまで押し上げる原動力になっている。
二塁走者がワンヒットで生還するコリジョンルールの影響は、この試合でも見られた。1回裏、智弁学園は1点先制したあと、さらに二死二塁で5番・髙橋 直暉(3年)がレフト前ヒット、3回には二死二塁で7番・大橋 駿平(3年)がライト前ヒットで、それぞれ二塁走者がホームめがけて突っ込んできた。これは間違いなく昨年までは見られなかった現象である。投手が不利だとか、野球の醍醐味が薄れるなど批判する向きはあるが、走塁が攻撃的になることは間違いなく、三塁コーチャーが躍動しながら腕を回す姿は野球風景の新味としてファンに受け入れられると思う。
(文=小関順二)
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