佐野日大vs智辯学園
勝負事の運と不運
延長10回裏、佐野日大の攻撃は二死満塁。智辯学園の三番手としてマウンドに上がっていた岡本和真(3年)は、無死満塁から二者連続三振をとって、佐野日大の7番小泉奎太(3年)と対した。
「真っ直ぐで押そう」という気持ちだった岡本。
「初球から打とうと決めていた」と小泉。
岡本が投じた運命の初球、軌道をみた両者は、「甘い球」と同じ思いを持った。打者・小泉のバットが、岡本の球を捕えると、打球は三遊間を破り、三塁走者の竹村律生(2年)がガッツポーズで生還。
打たれた岡本は、顔をしかめて、汗をぬぐった。「あとアウト1つだったので、絶対に抑えたろという気持ちでした。チームのために何もできず悔しいです」。
打った小泉は、「前の二人が三振に倒れて、悪い流れだったので、必死でバッターボックスに入った。もう、自分がおいしい所を持っていくしかないという気持ちで、バットを短く持って振り切れたのがうれしい」と頬を緩ませた。
勝者と敗者を分けた、勝負の分かれ目。それは10回表、4番ピッチャー岡本の打席から始まった。
このイニング先頭だった岡本と、佐野日大のエース・田嶋大樹(3年)のこの日5回目の対戦。そこまでの4打席は、田嶋がスライダーを有効に使い、岡本から2三振を奪っていた。
岡本も、後半になるにつれてようやく対応し、8回の4打席目に痛烈なゴロでタイムリーを放っている。これをきっかけに2点差を追いつき、延長10回に5回目の対戦を迎えた。
9回まで田嶋の投球数は145。岡本に神経を使っていたこともあって、疲労の色は隠せなかった。1球目は内角を突く低めのスライダーでストライクとなる。そして2球目、もう1回内角低めを突くスライダーを投じたが、岡本の左足かかと付近に当たってしまう。死球となって一塁に向かった岡本に、この時変化はなかったが、勝負の不運の始まりでもあった。
この後、4番吉岡郁哉(3年)が送り、一死二塁となる。続く5番髙岡佑一(3年)がショートへのゴロを放ち、岡本が三塁に向かうが。佐野日大のショート・竹村が冷静に処理して、三塁へ送球。岡本はタッチアウトとなった。これが二つ目の不運である。
二死一塁と場面が変わって、6番岩田拓(3年)がライトフライに倒れ、攻撃が終了。智辯学園は勝ち越すことができなかった。
岩田の打席の間、本塁に還れなかった岡本は、ベンチ前でのキャッチボールをする所まで準備する時間がなかった。
このリズムのまま、決着する10回裏のマウンドへと向かう。しかしこのイニング先頭の2番竹村にセンター前へと運ばれたのを皮切りに、10回表の不運が形として表面に出始めた。
送りバントの構えをする3番吉田叡生(3年)に対して、球が浮いてしまう。「一つアウトを貰う気持ちだった」という頭の中とは対照的に、体のバランスが崩れていた。結局、痛い四球を与えてしまうと、4番稲葉恒成(3年)のバントがフィルダースチョイスとなって、絶体絶命の場面となった。
ここから意地の投球を見せて二者連続三振を奪ったのは凄かったが、最後に力尽きてしまった。
さて、岡本の不運と記した10回の死球。田嶋にとっては、相手投手が打者の時に内角を突くという勝負の常道手段を講じたのだが、死球までは想定外だった。でもこれが、佐野日大に運が味方したと言える。さらに、走者の岡本には牽制球を投じ、内野ゴロで三塁まで走らせて憤死にさせた。
岡本は、マウンドに上がったのは9回だったものの、8回までずっと試合に出続けている。「死球の影響はなかった」と本人は話すが、筋肉は必然的に疲労し、痛くなくても、一つの死球で投手としての微妙なバランスを崩す要因となってしまった感じを受ける。そして、ホームベースに還れなかったという見えない感情も、10回のマウンドににじみ出ていた。
死球から不運が始まった智辯学園。死球を与えてしまったことにより、幸運が生まれた佐野日大。
まさに、10回表の攻防に、勝負事の運と不運が表れ、それが10回裏の結果に繋がったと言えるのではないだろうか。
(文=松倉雄太)