西脇工vs石見智翠館
西脇工・翁田勝基のピッチングの凄み
西脇工対石見智翠館戦では、大げさでなく甲子園球場の銀傘を揺るがすような大応援が西脇工ナインに送られた。バントをしただけでワアー、その打者走者が一塁でアウトになってもワアー、投手の投げた球が「ストライク」とコールされればもちろんワアーと湧き、相手攻撃がチェンジになればもっと大きなワアーが球場内にとどろく。
早稲田実や慶應高校の応援も凄かったが、それはアルプス席に陣取る自校応援団の声援に限られる。西脇工の場合は地元兵庫の代表なのでアルプス席だけでなく、一般席からも大きな拍手や声援が送られる。その声援が1つになる大音量はおいそれと経験できるものではない。
この大声援を受ければ手を抜いたプレーなどできるわけもない。それは打者の走者の各塁到達タイムにも表れている。「一塁到達4.3秒未満」に代表される全力疾走は1番今井哲也(中堅手)、2番高見直樹(右翼手)の2人しかクリアできなかったが、最も遅い一塁到達タイムはバントをしたときの4.79秒。自らも一塁に生きようとすれば走りながらできるバントも、打球の行方を最後まで見ようとすればスタートは当然遅れる。そういうバントをして、結果は1-6-3の併殺になったが、9番石井智樹は全力走って一塁ベースを4.79秒で駆け抜けた。
私が全力疾走の基準とする4.3秒未満という数字は、簡単に記録できるものではない。肩の強さが天性であるのと同様、4.3秒未満で走る足の速さも天性である。それができなければ、たとえば7回裏に山中竣平(二塁手)が敢行したように、ヘッドスライディングで一塁をもぎ取ろうとする気迫で補う。この日の西脇工はそういう走りをした。
この全力疾走は相手の石見智翠館にも影響し、一塁到達5秒以上の「アンチ全力疾走」は6回表、ヒットを打った佐藤靖剛(左翼手)の5.19秒だけ。2番酒巻翔太(右翼手)などは第1打席で中前打を放ち、このときの一塁到達タイムは4.47秒という速さだった。そういう両校が気の抜けたプレーなどするわけもない。
西脇工・翁田勝基、石見智翠館・田部稜太の両投手は対照的な投球をした。田部は捕手のボールを受け取ってから投げ始めるまで3~4秒という猛烈なハイテンポで投げる“騙し”のピッチングに特徴がある。投げボールも120キロ前後の縦割れスライダーに、それと同じスピード帯のチェンジアップを多投し、当たり前のストレートは多くない。
それに対して翁田は安定して136~138キロのストレートを基本にピッチングを組み立てる。変化球は120キロ台中盤で横変化するスライダーが多いが、120キロ台前半のシンカーに時折104、5キロのスローカーブを織り交ぜ、打者に的を絞らせない。
凄みが出てきたのはゲーム中盤である。序盤より腕が振れてきたのが目に見えてわかり、その分ストレートに勢いが出てきた。これを外角低めに集め、スライダーとの緩急も織り交ぜるというのは前に書いた通りだが、内角をストレートで突くことも忘れない。
両投手が安定していたこともあり、打者は目立たなかった。その中で1回裏に逆転の2点タイムリー二塁打を放った西脇工の5番村上晃平(2年・左翼手)は8回にも左前打を放ち、シュアなバッティングが光った。村上たちクリーンアップにつなぐチャンスメーカーは前述した1、2番の今井、高見が存分にその役割を果たしている。高見などは兵庫大会(大会結果:第95回兵庫県大会)で打率.091しか記録していないのに、甲子園の大舞台では3打数1安打1盗塁と、持ち味を発揮している。こういう豊かな精神性を感じさせる選手が西脇工には多い。
2回戦で当るのは同タイプの木更津総合。スターティングメンバーに2年生が4人、1年生が1人入る若いチームだが、この下級生が上田西戦では3打点を記録した。1、2番の俊足コンビ、東龍弥(中堅手)、岡田裕平(三塁手)が足を生かして塁上に生き、相手守備陣にプレッシャーをかけるという西脇工と同じ戦い方を身上とする。自チームに対する客観視ができれば対策も立つと思うがどうだろう。
(文=小関 順二)