試合レポート

如水館vs能代商

2011.08.17

たくましさを見せた能代商の夏

 一瞬のスキだった。
能代商1点リードで迎えた12回裏1死一、三塁。如水館の1年生4番・島崎翔真の打球は、バックホームに備えてやや前よりに守っていたファーストへのゴロ。これを捕球した岳田諒平は、三塁走者を目でけん制した後、自らベースを踏みにいった。

これで2死一、三塁。
と思いきや、様子がおかしい。ふりかえると三塁走者の門田透がベースに駆け込んでいた。
「サードランナーが(塁間の)半分まで出ていたのは見えました。でも、走るとは思わなかった。ベースに行ったら走ってました」(岳田)

実は、この判断は正しかった。ファーストゴロを捕球した時点では、門田は走ろうとは思っていなかったからだ。
スタートしようと決断したのは、その直後だった。
「(一塁ベースカバーの)セカンドにトスしていたら行けなかったと思います。ベースを踏みに行って背中を向けたので、あれで行けると思った」(門田)

二遊間は併殺に備え、中間守備を敷いていた。そのため、セカンドの石川大成は二塁ベース寄りの位置。一塁ベースカバーにはやや遅れざるをえなかった。岳田が自分でベースを踏みにいったのはしかたがない。だが、その前に考えておかなければいけないことがあった。

三塁走者が門田ということだ。
12回表、能代商が勝ち越し点を挙げたのは、2死二塁から三遊間寄りのゴロをつかんだ門田が一塁に悪送球したからだ。投げた瞬間、誰もがファーストが捕れないとわかるとんでもない高い送球。ワンバウンドなど低い送球を投げるか、間に合わないと判断して送球しなければ得点は入っていなかった。

その裏、先頭打者として打席に入った門田の気持ちはひとつ。
「自分のせいで負けたくなかった」。
四球で出塁し、金尾元樹の安打で二塁に進むと、その気持ちがプレーに表れる。打者島崎の4球目に盗塁を敢行したのだ。
「はじめは盗塁しようとは思ってなかったんですけど、直感で行けると思いました」

なんとかミスを取り戻したい。その気持ちが三盗につながった。
前に進みたい。
ミスを帳消しにしたい。
その心理を考える余裕があれば、門田の本塁突入は予想できなくもなかった。
もう少し、目や動作で三塁ベース方向に追い込んでいれば……。


島崎の打球は痛烈ではないが、弱い打球でもなかった。捕った位置は、一塁ベースより前。ショートの畠山慎平は中間シフトを敷いていたため二塁ベースに入っている。
十分に3→6→3の併殺が取れる当たりだった。
打球がくる前から、当たりによってどこに投げるかの準備、確認ができていれば併殺で試合を終わらせられたかもしれなかった。
「ひとつずつ取っていこうと話していましたし、(捕る前に)どこに投げようとかはなかった。(一、三塁は)前進守備なので、まず1点を守ろうと4つしか頭にありませんでした。今考えると焦っていた。ゲッツーでいけばよかったです」(岳田)

もっといえば、その前の一、二塁の時点で盗塁を許したことが痛かった。
投手の保坂祐樹は打者との勝負一本。二遊間もけん制の素振りを見せず、リードしやすい状況を与えていた。
門田は5回2死二塁でも三塁盗塁を決めている。もう少し警戒が必要だった。

「左バッターだったので、もし走られても刺せるという思いがありました。(保坂)祐樹さんは打者に集中していたし、そうするしかない状況だった。でも、もう少し(走者を)引きつけていればよかった。勝ちたい、勝ちたいという気持ちだけで守っていた。余裕がありませんでした。やっぱり、甲子園に出てくるチームはしっかりした走塁をしてくる。甘くなかったです」(畠山)

「不注意でした。気持ちにスキがあったと思います。ランナーは自分たちが抑えるという気持ちだった。三盗をあそこまでやってきたチームは初めてです」(捕手・平川賢也)

もし、二塁走者をケアしていれば……。
ファーストゴロ、サードゴロでもセカンドゲッツーを狙う準備ができていれば……。
三塁走者の心理状態まで考えられていれば……。
本当に悔やまれる。


だが、選手たちは責められない。それまでに最高のプレーを連発していたからだ。

9回裏には1死二塁から浜田大貴の大飛球がセンター後方へ。フェンス手前まで背走する吉野海人が捕球できなかった時点で誰もがサヨナラを確信したが、能代商ナインはあきらめていなかった。
吉野は畠山につなぐと、昨年は1年生投手として甲子園のマウンドを踏んでいる元投手の強肩は、センターの定位置付近から本塁へストライク返球。タッチアップに備えてスタートの遅れていた二塁走者の安原翔平を間一髪タッチアウトにした。

「あきらめたくなかった。『アウトになってくれ』と気持ちで投げました。初めはタッチアップで三塁に投げる準備をしていたので、(中継の送球を受けた時点で)ホームがどのへんかもわからなかった。感覚で投げました」(畠山)

アウトにするには、80~90メートルの距離を一人で投げるしかない。もう一度やれといわれてもできないだろう。それぐらい神がかり的なストライク返球だった。
「間に合わないと思いました。あそこで吉野が(強肩の)畠山につないだのは素晴らしい判断だったと思います」(工藤明監督)

10回にも2死二塁から木村昴平のライト前安打で本塁を狙った二塁走者の金尾を山田一貴、岳田とつないでアウトにした。公称185㌢、86㌔と巨体の金尾。足が速くないとわかっていても、サヨナラ負けの焦りから捕球ミスなどをしてしまいがちなところだが、落ち着いて捕球、送球をした。
このときの金尾の二塁からのタイムは7秒18。慌てなかったからこそ、アウトにできた。


それにしても――。

能代商ナインは本当にタフになった。
初回は無死一塁からの送りバントで捕手の平川が指示ミス。フィルダースチョイスで無死一、二塁とピンチを広げた。だが、ここから保坂がクリーンアップを三人続けて打ち取る。2回にもショートへの内野安打を畠山の悪送球で二塁に進め(犠打で三進)、2死から打ち取ったフライをお見合いで安打にしてしまい失点。さらに安打で一、二塁とピンチを広げるが、三盗を狙った二塁走者を平川が落ち着いた送球でアウトにした。

2回戦の英明戦でも、初回1死一、二塁から保坂のけん制悪送球で二、三塁としながら、4、5番を打ち取った。
1回戦の神村学園戦でもセカンドのエラーをきっかけに2点を先制されながら、そこから踏ん張った。

昨年まで13連敗中の秋田勢といえば、ミスから崩れるのが定番。ひとつミスが出ると、連鎖反応のようにミスが続く傾向があった。
それが、踏みとどまれる。自分たちがやってきたことを出せば負けないという自信、精神的な成長がたくましさを生んでいた。

英明戦では、好投手の松本竜也相手に「チャンスは何度もこない。もしスキがあれば、積極的にどんどん先の塁を狙えと指示していました」という工藤監督の言葉通り、微妙なタイミングで二塁走者が2度本塁を突き、得点を奪い取った。
打撃も、初戦からストライクは積極的に振るというスタイルを貫いた。開会式の行進やあいさつのしかたからこだわり、チームでやろうと決めたことは全員が徹底する。それができていた。

結果はベスト16。のちのちまで記録に残る8強入りはならなかった。
だが、秋田県勢16年ぶりの1大会2勝を挙げた功績、弱者らしい戦いぶりは鮮烈な印象を残した。
大会前は誰もが予想しなかった快進撃。
能代市立能代商業高校。間違いなく、今大会もっとも感動を与えてくれたチームだった。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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