試合レポート

新湊vs龍谷大平安

2011.08.10

選手を後押しする「新湊名物大応援団」

 甲子園には、空気がある。
どちらかを勝たせたい、どちらかを頑張らせたいというスタンドの空気。
地域色の強い高校野球だけに、まだ大会の流れが見えない1回戦では、自然とその空気は近畿勢に向けられる。兵庫県西宮市にある甲子園球場。スタンドの観客は、当然、関西在住の人が多い。チャンスになれば、自然と地元チームを応援したくなる。

相手も名門校なら別だが、地方の公立校となれば特にこの傾向が顕著になる。
名前を聞いただけでどこの県かわかりにくい学校と近畿勢では、声援の大きさが違う。
それどころか、近畿の名門校がそういう学校に負けるわけはないだろうという雰囲気すらある。

過去2年、富山勢はまさにこれに当てはまった。2009年は南砺福野天理(奈良)に初回に7点を奪われて1対15で大敗。昨年は砺波工報徳学園(兵庫)相手に一時は2対1とリードしながら、2対3で振り切られた。名門がどこの代表かもわかりづらい初出場校に負けるはずがない。そんな空気が流れていた。

そして、今年。12年ぶりに富山代表の座をつかんだ新湊も、相手は全国最多の春夏通算67回目の甲子園出場を誇る龍谷大平安(京都)。新湊がノーシードから勝ち上がったこともあり、試合前は「平安が勝つだろう」というムードが流れていた。

 ところが、そんな“いつも通り”のムードを許さない人たちがいた。
三塁側のアルプスから内野席、そしてバックネット裏の一部にまで詰めかけた新湊の大応援団だ。
相手を「はたき落とす」という意味のハタキを持ち、立ちあがって大声援を送る。
攻撃では、たった1球のボールで、守備では、たった1球のストライクでヒットが出たかのような拍手が起きる。
1986年のセンバツで近藤真一(元中日)のいた享栄(愛知)、拓大紅陵(千葉)、京都西(現京都外大西)の強豪私学を連破して4強に進出したときも、02年のセンバツで堂上剛裕(現中日)のいた愛工大名電(愛知)を破ったときも、スタンドの後押しは大きかった。
この地元の大声援なくして、“新湊旋風”は起こりえないといっていい。



 龍谷大平安との試合は新湊が先攻。さらに先頭の加藤聖弥が安打で出塁し、好機を作ったことで初回からボルテージは上がった。スタンドの他の観客に、富山対近畿の名門ということを忘れさせるぐらい、どちらが地元かわからなくなるぐらいの大声援。さらに、5回まで0対0の接戦となったことで、ますます歓声は大きくなった。

やっとの思いで先制した直後の6回裏、先頭打者の高橋大樹に初球を本塁打され、せっかく奪ったリードはたった数分で消えてしまったが、新湊応援団の勢いは消えない。8回、先頭の織田紘次の振り逃げ、袴谷圭汰のセンター前安打で1死一、三塁の好機を迎えると、再び盛り上がりは最高潮に達した。アルプス以外の席でも、立ち上がるだけでなく、イスの上にのぼり、ハタキを振り上げ、振り下ろす。観客の数は日陰で龍谷大平安側の一塁スタンドの方が多かったが、声援は三塁スタンドの方が何倍も大きかった。

ノーマークの富山の公立校が、名門相手に好勝負をくり広げる展開。
いつもなら、「ここから名門の力を見せるで」とスタンドの近畿勢への後押しが始まるのだが、この日は違う。
球場の空気は完全に新湊だった。アルプスから三塁側、ネット裏と波及するかのように広がるスタンドの歓声。こういう波が起きてしまうと、止めることは難しい。この空気ができた8回1死一、三塁から救援のマウンドに上がった2年生の田村嘉英には酷だった。

初めて相対する6番の澤田快斗に対し、ストレートを5球続けてライト前にはじき返され勝ち越しを許す。さらに林祐輔に死球を与えて1死満塁の場面。甲子園の空気は田村に試練を与えた。カウント1-2からのストレート、2-2からのスライダーがともに微妙な判定でボール。三塁側スタンドの迫力に、思わずボールと言わされた感じすらあった。
「あれは(ストライクを)取ってほしかったですけど……。審判がすべてなのでしかたないです」(田村)
満塁、フルカウントとなった最後の1球。田村は「自信がある」ストレート勝負を選ぶ。だが、打者の南和輝はバントの構えで待っていた。ボールは投手前に転がり、見事にスクイズ成功。一気に本塁を狙った二塁走者はアウトになったが、大きな2点が入った。

「満塁でしたし、田村はコントロールがよくないので、思い切って真ん中に投げさせました。バントは想定してましたけど、3ボールなので外せない。失敗を願うしかなかったです」(捕手・戸嶋一貴)
「ランニングスクイズ(三塁走者がスタートする通常のスクイズ)です。カウントが3-2でしたし、ボールなら押し出し。ストライクならしっかりバントをするというサインでした」(森義人監督)
 スタンドの雰囲気が作り出した前の2球の判定が、細かい制球に不安を抱える平安バッテリーに選択肢を与えなかった。



 これで勢いづいた新湊は9回にも無死から富山大会で打率0割9分5厘の菅谷優弥が、0-2と追い込まれながらストレートをレフト前にはじき返して出塁。続く途中出場の作道太の3球目が暴投となり菅谷が三進すると、作道がセンター前に運んで試合を決定づける4点目を奪った。
「いつもだったらフォークかスライダーで三振を狙うんですけど、気持ちが出すぎました。(暴投は)フォークを引っかけてしまった。その後のストレートだったので力んでしまいました」(田村)

「初球にボールだと思ったのをストライクと言われて動揺したんですけど、暴投で楽になれました。まっすぐ狙いでいったら、インコースに甘く入ってきました」(作道)
 勢いに呑み込まれるかのように、ストレート頼みになってしまった龍谷大平安バッテリー。それも、吸い寄せられるかのように甘いコースに入った。
「ストレートを信じていたんですけど。あの1点(4点目)は大きかった。僕のせいです」(戸嶋)

打率1割に満たない菅谷、唯一の打席が富山大会決勝での決勝三塁打というラッキーボーイの作道。彼らに打たせたのは何ものでもない。スタンドの空気、雰囲気だ。流れに乗った作道は、9回裏にミスで無死一、二塁となり、龍谷大平安側に行きかけた流れを守備で止めた(レフトライナーを好捕。さらにリタッチが早い三塁走者がアピールアウトで併殺)。すべては甲子園の空気を味方につけたからこそだった。

「(新湊側のスタンドが)目に入らないと言えばうそになる。相手はいい雰囲気でやってましたね」(田村)
富山対近畿の名門の対戦では、通常作れない空気。なかなかやってこない流れ。それを新湊に持ってきたのはハタキの大応援団。新湊の町が無人になるというほど地元の人が駆けつける熱い気持ちが、名門逆転のムードを見事にはたき落した。この“新湊名物大応援団”について、森監督はこう言う。
「もともと猟師町で、(新湊が)甲子園に出るようになる前から熱意がありました。甲子園に出るようになって、甲子園で応援したいという強い想いを感じます。今回は(12年ぶりの出場で)久しぶりだったので、溜まっていたうっぷんを晴らそうとしたんじゃないですかね。相手も嫌がると思うし、メンバー以外の大きな味方です」

そう簡単に作れない甲子園の空気。
それを自分たちの思うように作りだした漁師パワーの勝利。スタンドが運んだ大金星だった。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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