福知山成美vs向陽
バント失敗
セオリー度外視で勝つ ”成美野球”
「あんな失敗するから、また、成美はバントでけへんって言われるんやろな」
2年ぶりの夏の舞台となった初戦を終え、福知山成美・田所監督が自嘲気味に笑った。5回裏、無死・1,2塁で、1番・響が送りバントを失敗した(一飛)からである。
“乗ったら強いが、接戦になると脆い” 福知山成美は、たびたび、そう言われてきた。
「ファーストは後ろを守っているのに、上げてしまうんやからねぇ。バントの練習はしっかりしてるんですけど、変に意識をしてしまう。これやったら、バントせんほうがマシですよね」
この日、初めてバントのサインが、良い結果を招かないのだから、田所監督が苦笑するのも、無理はない。
そもそも、田所監督はバントの作戦を使うケースが少ない。
「強攻策」というより、彼らのスタイルなのだが、筆者のように、高校野球の取材に慣れ切ったものからすれば、福知山成美の野球は異質に映るのものである。例えば、この局面に至る前でも、福知山成美らしい攻撃を見せている。
新谷の適時打
この回の先頭・工藤が死球で出塁すると、福知山成美ベンチは9番に代打を送った。通常だと、ここでバントを成功させるための戦略だと思ったが、田所監督はそのまま打たせた。「代打は8番の時点で決まっていたから、打つ選手を起用することになっていました。バントしたいなら、そのまま、山田を立たせていたと思います。8番が出たんですけど、代打を変えなかったんで、打たせました」
すると、右翼前安打で続き、チャンスが広がったのだ。「左だし、なんとかなるやろうっていう気持ちでした」と田所監督は言う。そのあと、1番・響にバントのサインを送ったところ、失敗してしまったのだ。
面白いのはここからの攻撃である。1死・1、2塁となったところで、打者は2番・新谷。3番打者がドラフト候補でもある桑原だと考えると、バントで送るのがセオリーだろうが、田所采配はそれをしない。
「新谷は足もあるし、ダブルプレーはない。最悪、ゴロになっても一塁に残る。盗塁をすればいいことやし。あの場面では引っ張ってくれれば何とかなると思った。新谷は2番ですけど、バッティングで起用している選手。バントのために、おいていない」
新谷は勢い良く振り抜くと、右翼線を破る適時二塁打を放った。福知山成美にとって、欲しかった先制点が入ったのである。
続く3番・桑原は犠牲フライを放ち、1点を追加。効率良く加点した福知山成美は、7回にも2点を挙げた。守っても、山田、北尾、津田の完封リレーで、2年ぶり夏の初戦を快勝した。
福知山成美・美津田君
それにしても、先制の場面、2番・新谷があれほど振り抜いて快打を見せたのは見事というほかない。2番という打順と均衡していた展開を考えれば、送りバントの作戦を取らずに失敗した場合のダメージを考えれば、この場面での強攻策はリスキーな面をはらんでいる。
それでも、新谷は振り抜けた。だが、それはこの試合だけでなく、新谷が日頃から与えられている役割に起因するものだろう。
新谷は言う。
「僕の仕事は、ランナーが出たら、一塁走者を三塁に持って行くことだと思っています。引っ張ればいいことなので、それができるように心がけています。こういうケースで、併殺を打つ時もありますけど、その時は、だいたい、不安に思っている時ですね。自信をもって打席に立ったら、併殺打にはならない」。
ここで振り抜ける強さこそが、福知山成美たるゆえんなのだ。新谷からは、プレーへの恐れはみじんも感じられなかった。だから、あの場面でも、快打が生まれるのだ。
脆く崩れ去るのが福知山成美だが、失敗を恐れずに立ち向かっていく彼らの野球には、やはり、買うべきものがある。セオリーだけは、高校野球ではない。
セオリー度外視の、福知山成美が夏の京都に帰って来た。