Column

県立小松高等学校(愛媛)【前編】

2015.03.09

 強打を作るベースと練習法、そして新たなチャレンジ

 2014年8月14日、夕闇迫る[stadium]阪神甲子園球場[/stadium]は何度もどよめきに包まれた。
32,000人のどよめきを呼んだのは創部67年目で春夏通じて甲子園初出場を果たした愛媛県立愛媛小松高等学校である。後に北海道日本ハムファイターズからドラフト4位指名を受ける山形中央の最速148キロ長身右腕・石川 直也に対し全く臆することなく対峙した彼らは4回途中で7安打6得点。2番手左腕・佐藤 僚亮(新3年)からも2安打2得点の効率よい攻めで計8得点。

 内容も9安打中二塁打3・三塁打1と長打が半数を占め、スイングや打球の鋭さもピカイチ。それは「守り勝つ」を国是とする愛媛県高校野球・公立校のレッテルも、緊張でガチガチになりがちな初出場校の枠組みも、完全に破壊するものであった。試合は結局、8対9で悔しい逆転負けとなったが、愛媛小松は愛媛大会6試合で172打数61安打・打率.355の強打が全国で通用することを証明。金属音は聖地に確かな爪痕を残した。

 では、いったい彼らはどのようにして破壊的な強打線を作ってきたのであろうか?

入学時の「集中力」や「楽しさ」出発点に、身体づくりへ

バットを大きく使うためのアッパースイング練習
(県立小松高等学校)

 JR土讃線・伊予小松駅から坂を20分ほど歩き、OBのテノール歌手・秋川 雅史さんが歌う校歌にもある「養正(ようせい)」が丘を登ったところにある愛媛小松高校。杜と校舎に囲まれた野球部専用の第1グラウンドに歩を進めると、聖地で何度も聞いた「あの金属音」が響いてきた。

 ロングティーを行っていたのはそれぞれの進路に備えて自主練習を行う卒業生たち。「下からバットを入れて、バックスピンをかけるイメージで打っています」。こう話してくれたのは、甲子園でセンターオーバー・逆方向のレフトオーバーと2本の二塁打で2打点をあげた1番・今井 雄一朗左翼手。その横で5番として豪快な三塁打を放った平田 文太一塁手もうなずく。

 そして彼らはあの夏と同じく、それぞれのバッティングフォームで実に気持ちよく打球を飛ばしていく。表情は野球少年のように笑顔満面だ。

 実はこの「野球少年のように」が愛媛小松・強打線形成への出発点となっている。ここで監督として過去、川之江で夏1回、今治西で春4回・夏1回、そして昨夏、就任5年目で自身公立校3校目となる甲子園出場を果たした宇佐美 秀文監督に登場して頂こう。

「ウチは1年生には新チームができるまでは、レギュラー組がいない時にはフリーで打たせますし、特に教えることもなく楽しくバッティングをさせています。『バッティングは感覚の世界』と僕らも教えられてきましたから。そして今治西の時もそうしてたんですが、僕は入学式が終わって最初の練習で1年生をいきなりゲージに入れてバッティングをさせる。その時、上級生はネット裏に並ばせて観させるんです。そうすると1年生はほどよい緊張で集中できるからすごいバッティングができるんです。

 甲子園で3番を打った土岐 篤功(三塁手)は、3年前の4月に打ったらレフト後方にある体育館の青屋根を越えました(推定飛距離130m以上)。次に越えたのは3年春でしたが(笑)。その経験をしてもらった上で『集中すれば、すごい打球が打てるよ』ということを後で話すわけです」

 こうしてまず1年生にはバッティングの楽しさと自らの潜在能力を知ってもらう愛媛小松。ただ、その次に待っているのはもちろん身体づくりへのアプローチである。

2015年度 春季高校野球大会 特設ページ

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[page_break:学校のトレーニングルームで強打の原動力を生み出す]

学校のトレーニングルームで強打の原動力を生み出す

「きやま治療院」の木山繁さん指導の下でヨガトレーニングに勤しむ選手たち(県立小松高等学校)

「まずは体力・筋力ありきだと思います。メニュー内容についてはトレーナーへ全面的に任せていますが、僕から言うのはフォームを気を付けて、トレーナーのいない時でもしっかりと課された回数をこなしていくこと。ここはメンタルの部分にもかかってくる部分なので。それができれば力も安定するし、打球も飛ぶようになります。その成功体験を得れば、次は自分でできるようになるので」(宇佐美監督)

 サッカー部からは川又 堅碁(J1名古屋グランパスFW)も輩出するなど、アスリートを育てる原動力ともなっているのが平成12年6月に竣工された筋トレルームだ。専用の器具が揃い、愛媛県内公立校屈指の設備ともいわれる。ここを活用し、さらに野球界を問わず各スポーツで指導実績を持つ「ランクアップジャパン」のトレーナー陣から手厚い指導を受けて、彼らは強打の基盤を固めてきた。

 そこで筋トレルームを実際にのぞいてみると、大山 智充トレーナーが見つめる中、苦悶の表情でパワー強化へ集中して立ち向かう新2・3年生の姿があった。

 自分の潜在能力を入学時に知っているからこそ、そのパワーを常に最大限引き出す作業にも立ち向かえる。愛媛小松の打撃強化カリキュラムは、入学式の練習から始まっていることがこれで明確となった。

2015年度 春季高校野球大会 特設ページ

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[page_break:いいスイングを作るポイントは「投手に近い手」]

いいスイングを作るポイントは「投手に近い手」

利き手と逆を使ったティーバッティング
(県立小松高等学校)

 ただ、実際の打撃練習に入ると、宇佐美監督はあえてフォームをいじることはしない。「その人によって打てる方法は千差万別ですから。いかにワンポイントアドバイスができるかが大事だと思います」

 その反面で1つだけこだわっていることがある。「投手に近い手」の使い方だ。

「バッターボックスに入った時に投手に近い方のリードができないと正しいスイングができないので、そこは最初に言います。ここの力が利き手と極端に違うとアンバランスになりますから、右打者は左手・左打者は右手をリードできるようにすれば、自然にいいスイングができるようになりますよ」

 その手法は様々。バットを八の字に回す。上下・左右に動かす。極端なアッパースイングでの素振りに片手でのティー。さらにティーも「割れ」を意識させる開脚ティー。瞬間の感覚を養う後ろから投げるティー、左打者であれば左投手からのボールを意識する背中側からトスしてもらうティーなど。

 この理論を学んだのは、石山 建一氏の影響が大きい。宇佐美監督は現役時代、母校・今治西を卒業後、早稲田大に進学。その時の監督が石山氏だった。ちなみに宇佐美監督は、阪神タイガースの主砲として鳴らし、後に阪神、オリックス・バファローズの監督も務めた岡田 彰布氏と二遊間を組んでいる。

 石山氏はその後、1979年にプリンスホテル野球部の助監督に就任。その後、監督に就任したが、1994年に退任するまで、22人のプロ野球選手を輩出。主な選手は近鉄バファローズで4番を打った石井 浩郎、2000安打を達成し、2013年限りで引退した宮本 慎也氏など球界で活躍する選手の育成に携わった。その後、巨人編成本部長補佐兼二軍統括ディレクターを歴任するなど、まさに野球界の重鎮ともいえる石山氏から細かく学んだ打撃理論に、自らの経験から得たエッセンスを加えた独特のバットコントロール法を選手に伝えていった。

 現主将で遊撃手の伊藤 智樹(3年)いわく「バットトレーニングをしたことで変化球で体勢を崩されたときでも、片手打ちで内野の頭を超えるようになった」。確かに愛媛小松の選手たちをよく見るとフォームはバラバラでも、インパクトの瞬間はバランスよくバットをボールに入れている。そして二の腕も太い。

 山形中央戦で石川から3打数3安打を放った4番・大上 拓真(3年・捕手)も、もちろんその1人。「左手を鍛えたことで右中間に流せるようになった」と投手に近い手を鍛えた効果を認めている。

 前編では宇佐美監督が新入生に行うアプローチ法、トレーニングの重要性、打撃の指導法について語ってもらった。後編では山形中央石川直也投手の攻略秘話について明かしていく。

(文・寺下友徳

2015年度 春季高校野球大会 特設ページ

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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