Interview

メジャーリーガーが全幅の信頼を寄せるウイルソン米国本社マスタ-クラフトマン 麻生茂明氏【後編】

2019.04.25

 前編では、麻生氏のこれまでの経歴を辿ってきた。後編では、いよいよウイルソンの日本モデル「DUAL」の開発秘話やメジャーリーグへ逆輸入されたエピソードを紹介していただく。

メジャーリーガーが全幅の信頼を寄せるウイルソン米国本社マスタ-クラフトマン 麻生茂明氏【後編】 | 高校野球ドットコム前編はこちら!

メジャーリーガーが全幅の信頼を寄せるウイルソン米国本社マスタ-クラフトマン 麻生茂明氏【前編】

ウイルソン・スタッフ「DUAL」の誕生

メジャーリーガーが全幅の信頼を寄せるウイルソン米国本社マスタ-クラフトマン 麻生茂明氏【後編】 | 高校野球ドットコム
ウイルソン・スタッフ「DUAL」について語る麻生茂明氏

 アメリカに渡った麻生は、A2000の人気モデル1786を生み出した。しかし、麻生の活躍はそれで終わりとはならない。

 「野球は時代によって変わっていきます。最近でいえばピッチャーが投げるストレートの球速は増し、変化球の曲がりも鋭くなっている。そうなると投球を受けるキャッチャーのミットはより大きく、深くする必要があります。バッターもパワーがアップしているぶん、外野手用グラブには間一髪のプレーでもボールが一度入ったら出ない指先の強さが必要になってきます」

 つまり、野球が変化し続ける限り、グラブには新たなニーズが生まれる。そして、改善、改良を繰り返すことでグラブは進化していく。1996年にウイルソン・ジャパンへ転職すると、度重なるアメリカ出張の負担を軽減するため1999年からウイルソンのシカゴ本社へ移った。

 「ウイルソンに入ってからインスペクションワークはしなくなりましたが、工場とのコミュニケーション、納期管理、クオリティコントロール(品質管理)などを任されました。アメリカに行ってからは品質管理の一環として、マーケティング担当に同行しながらアメリカ中を回って選手たちの話を聞いたりと、商品開発に関する仕事がより専門的になっていきました」

 グラブに関するあらゆる仕事を手掛け、今ではグラブ開発責任者として「マスタークラフトマン」の肩書を得るに至っている。そんな麻生氏に日本向け商品を開発する機会が訪れた。ウイルソン・スタッフ「DUAL」シリーズだ。

 「DUAL」とはその名の通り、グラブ背面のはみだし部分がDUAL、つまり2本構造のグラブだ。従来はシングル(1本)のはみだしを、デュアル(2本)にすることでより立体的な縫製が可能となり、指先がより強くてボールを掴みやすいグラブができる。

 「ウイルソンの『DUAL』は、グラブ内部の内袋も立体縫製されています。これまで弾かれていたボールもポケットに収まるので、捕った後の送球も安定します」

 一言でいえば、より素手感覚に近いグラブ。このDUALが米国向けA2000に採用されたのは1995年。メジャーリーガーの間で爆発的な人気を得た。実は、過去に日本でも一度販売されたのだが…。

 「日本では、あまり良い評価は得られませんでした。理由ははっきりしていて、アメリカの商品をそのまま日本でも出したからです。指袋やリストが大きくて、重さも感じる。日本人には使いこなすのが難しいグラブでした」

 しかし、一度下された評判を覆すのは並大抵のことではない。麻生氏が提案した修正点は「アメリカ版より指部分を細く、わずかに立てる」の2点だけ。それ以外は、日本のグラブ担当者に開発を任せた。

 「次は絶対に失敗できない。もしまた失敗したら、今後2度と日本でDUALを販売できなくなる。そのためには2つの修正点は絶対譲れなかったのです」

 その並々ならぬ情熱がゆえに、麻生氏と日本の担当の間では、時として白熱した議論になることもあった。そして5年の歳月を経て、遂に日本でウイルソン・スタッフ「DUAL」シリーズが発売された。

[page_break:メジャーリーグへの逆輸入]

メジャーリーグへの逆輸入

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麻生茂明氏

 2016年にウイルソン・スタッフ「DUAL」が発売されると、プロアマ問わず期待通りの評価を得て、販売は順調に伸びた。しかも話はまだ続く。驚くべきことに、日本向けウイルソン・スタッフの「DUAL」はアメリカに逆輸入され、メジャーリーガー用モデルとして採用されたのだ。

 「アストロズのホセ・アルトゥーベがとても気に入ってくれたんです。2017年にはアメリカンリーグのMVP、ゴールドグラブ賞も獲得たメジャーを代表するセカンドが愛用しているんですよ」

 自分の人生からグラブ作りを離してしまったら、他に何も残らないとまで言い切る麻生氏。それほどまでに情熱を傾けられるというグラブ作り。物腰は柔らかいが、時に頑として自分の意見を曲げないのは、「使っている人に喜んでもらいたい」という信念があるからだ。その己の情熱を麻生氏は高校野球とも重ね合わせている。

 「アメリカにいても、チャンスさえあれば高校野球を見ています。これと思ったことはとことんやり切る選手たちの情熱。自分の高校時代を思い出させてくれますし、グラブを開発している自分の苦労が、苦労でなくなります」

 野球は草野球で楽しむ程度だったという麻生氏。しかし少年時代に愛用していたグラブには、買ってもらった日付が記入され、今でも大切に保管されているという。まさに麻生茂明という人物は、グラブに魅せられ、赤い糸に導かれて現在のポジションにいるのだ。そんな麻生氏が日本のスタッフと共に手がけたウイルソン・スタッフ「DUAL」――。相棒とするのに、何のためらいもない信頼感を感じさせてくれるはずだ。

(取材・文/伊藤亮

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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