至学館高等学校(愛知)この夏、至学館の“思考破壊”で攻める「アメーバ野球」が面白い
昨秋から、今春にかけて、東海地区で一気に躍進して、スポットを浴びている存在になったのが、至学館である。今春のセンバツにも出場したのだが、その出場を勝ち取った、秋季大会から、その戦いぶりは特筆ものだった。
ミラクル至学館は秋の県大会1回戦から始まった
麻王 義之監督(至学館)
昨年の秋季県大会、1回戦で愛工大名電に2対4から8回に追いついて延長戦の末、10回サヨナラ勝ち。これが、ミラクル至学館の始まりとなった。準々決勝の相手は夏の代表校で、夏休みに行われた二次予選の名古屋市内大会でも1位となっている東邦だった。初回に4点を奪ってリードしていたが、9回に6点を奪われて4対7と逆転されて迎えたその裏、4点を奪い返して再逆転のサヨナラ勝ち。
準決勝は、愛知桜丘に完封負けを喫したが、東海地区大会進出を賭けた3位決定戦では伝統の享栄に先行されつつもじわじわと返して同点で迎えた9回に1点を奪ってサヨナラ勝ち。これで、いわゆる私学4強のうちの3校を下したこととなった。この段階でもすでに神懸っていた。
夏に甲子園出場を果たした2011年以来の出場となった秋季東海地区大会では、1回戦で三重県2位ながら実力校の菰野に対して、初回に7点を奪う猛攻で9対0と快勝。翌日の2回戦では岐阜県1位の多治見に対して、今度は打って変わってロースコアの接戦となったが何とか競り勝った。そして迎えた準決勝、愛知県私学4強の残る一つで、全国一の名門校と言っても過言ではない中京大中京。
「力は、明らかに相手が上。普通に考えたら、10回やって1回勝てるかどうかという相手」と、麻王義之監督は言っていた。ところが「この子たちは、どんな時でもあきらめないで一生懸命にやっていく」という姿勢が功を奏した。9回2点差で、走者なしという場面からのサヨナラ勝ちとなった。
ただ、初出場を果たしたセンバツの日の檜舞台では開幕試合になって延長戦を戦ったものの、市立呉に敗れた。わずか4安打で5点を奪った戦いは、至学館らしいといえばらしい戦いだった。とはいえ、課題として打撃力強化ということが際立った。それが、センバツ以降の取り組みだった。
麻王監督は「ハッキリ言って、練習環境としては県立高校よりも悪いですよ。だけど、そんな中で、いつもは選手たちが空いているところを見つけてはジャンプして足腰を鍛えたり、小さな鳥かご(バッティングゲージ)で、交互に振り込んだりという中で、それでもあきらめないでやってきています」という環境は変わらない。
そんな中で、個々がより振り込みを強化していって、「どんな相手にでも柔軟性を持って戦える対応型のチーム」を「アメーバ野球」とも称していた。そんな戦い方から、さらに進化して打撃力による力強さを身につけていくということがテーマとなった。
思考破壊+強打で東海大会優勝
新美 涼介(至学館)
「本当に力のある相手に勝ち切るためには、やはり打ち崩す力がなくてはいけない。夏は、間違いなくそういう戦いになるはず」
これがセンバツ以降、チーム全員の一致した考え方でもあった。
春季県大会は、序盤こそ、様々なことを仕掛けて、相手の考えを破壊していくという“思考破壊”の野球で「どんな状況からも点を取るということで言えば、県内でもトップだと思う」(麻王監督)という従来の戦い方だった。しかし、準々決勝の豊橋中央との試合でもたつきながらも勝利して意識も変わった。
「このままじゃ、何も変わっていないじゃないか、センバツから変わったんだということを示していこう」という井口敦太君の呼びかけに反応した。
「それを、表に現れる意識としても、わかるように示して行こう」藤原連太郎君の呼び掛けで、全員が丸刈りにして挑んだ準決勝の栄徳戦。この試合では、初回から打線爆発してコールドゲームで勝利した。
さらに決勝では、昨夏の代表校東邦に対しても、17安打9得点で、本塁打も放った主砲の鎌倉裕人君は「センバツ以降、懸命に振り込んできた成果が出ました」と喜んだ。
「夏までには、打ち勝つ野球も対応できるようになりたいので、その自信をつけて行く春にしたい」と主将としてのチームの思いを語っていた木村公紀君は「“走”の次として“打”ということで取り組んできたので、その成果が出た」と打線爆発に確かな自信を感じていた。
その背景としては、センバツ出場を果たしたことで、普段はほとんど使用できない大府市の大学のグラウンドもたまに使用が可能となったことも大きい。
「グラウンドで野球ができる日には、選手たちははじけたように野球を楽しもう」という意識が、より向上心を刺激していったのであろう。
麻王監督が「根っからの野球小僧」と称する新美涼介君は、好調の打撃について「いい感覚で打てるんだという自信を得られた」と、この春季大会では投手としては、故障もあってあまり十分には投げられなかったものの、打撃力ではさらに成長を示した。そして、新美君が頑張ることで、左のエース川口龍一君も「負けていられない」とばかり踏ん張った。ことに、東海地区大会では、新美君に故障があり不十分だったということもあって、川口君が軸となり優勝の原動力となる好投を示した。
こうして、夏へ向けて至学館の「アメーバ野球」は、さらなる進化を遂げながら形を変えていきつつあるようだ。
挑戦者として姿勢は変わらず
試合前の至学館ナイン
ところで至学館と言えば、リオデジャネイロオリンピックの女子レスリングでは、メダリスト全てが至学館大の卒業生もしくは在校生だった。また、金メダル3個、銀メダル1つを獲得した。国民栄誉賞も受賞している吉田沙保里が昨年11月1日に副学長に就任したことでも話題となった。至学館大は中京女子大時代から数えて創立111年越えて、新たな伝統を築いている。良妻賢母の家庭婦人を育てていくというのが学校の方針だったが、陸上競技や女子バレーボールなどは、強豪として知られていた。
そんな中京女子大は附属校も中京女子大附として存在していた。しかし、時代の流れで大学も附属校も共学化されていく中で、至学館大と校名を変更。附属校も至学館高校となった。そして、野球部も創部されて甲子園を目指すという姿勢でスタートした。その当初から、監督として指導していたのが、中京(現中京大中京)から中京大を経て、明秀学園日立などで指導をしていた麻王義之監督だったのだ。
もっとも、野球部を強化するためというよりは「男子生徒を指導できる体育教員」ということが大前提で2005年に共学となった際に、体育教員として赴任。06年の創部に伴って監督に就任した。当初の方針に反してというと語弊があるかもしれないが、野球部は徐々に成果を挙げていって、甲子園出場も果たしたことで、激戦愛知の中でも強豪校の一つとして加わる位置付けとなってきた。
そしてこの夏、愛知大会の優勝候補にも推す声も多くなった。それでも、あくまで自分たちは挑戦者という姿勢は変わっていない。そんな “ミラクル至学館”が、この夏どんな戦いをしていくのか、愛知大会での活躍が今から楽しみである。
(取材・文=手束 仁)
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