県立いなべ総合学園高等学校(三重)【後編】
前編では、選抜での投手起用、いなべ総合の投手としての考えに迫った。後編では、数多くの好投手を育てた投手育成のメソッドを画像を用いながら紹介します!
好投手育成メソッドを紹介!
尾崎 英也監督は投手育成に定評があり、その知識も深い。時には模型を用いて人体の仕組みや肩甲骨や股関節の理想的な動かし方を解説する。「ピッチャーはバランスとリズムですね。それと数字以上のキレと角度。角度の良いストレートは良いところでリリースされている。良いところでリリースするためにはそのための体の使い方、順番がありますね」
足を上げて1本足で立ち、そこから膝を使ってヒップファースト、ステップ、トップを作り、リリース、フォロースローへと続いていく。ちなみに角度にはタテとヨコの2種類があるという。タテの角度はイメージしやすいがヨコの角度とは何なのだろうか。その答えはグラウンド脇のブルペンにあった。
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ブルペンに引かれたライン
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対角線を示す紐
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ブルペンに引かれたライン
対角線を示す紐
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マウンドの幅と左右のバッターボックスの間の幅はほぼ同じ。その4点を結んで長方形を作ると、右投手が投げるアウトコースへの球はこの長方形の対角線上を進むこととなり、打者から見ればボールが近づくほど体から離れていく。これがヨコの角度の正体だ。角度がつかず、まっすぐスーッと入ってしまうのがいわゆる棒球。これでは球速表示が何km/hを示そうと威力は無い。いなべ総合の投手陣はこの長方形や対角線を目印にして投球練習を行う。他にも独自の練習方法がいくつもあった。
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チェアドリル 1
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チェアドリル 2
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チェアドリル 3
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チェアドリル 4
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チェアドリル 1
チェアドリル 2
チェアドリル 3
チェアドリル 4
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エネルギーを下半身から順に伝える動きを確認するためのトレーニング。まず足先が回り、次に膝が回り、その次に骨盤が回る。骨盤が回転し始めた段階では上体はまだ開かないこと。上体が突っ込む癖のある投手はこの時点ですでに体が開いていることが多い。階段など固い場所でやると安定する。ブルペン投球の際、あらかじめステップした状態の下半身を作り、そこから軸足に体重を乗せ反動をつけて投げる練習方法があるが動きとしてはそれに近い。一旦軸足にタメを作ってから下から順序良く回転させて投げる。
[page_break:体の使い方が安定するトレーニングも紹介]体の使い方が安定するトレーニングも紹介
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トランポリン1
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トランポリン2
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トランポリン3
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トランポリン1
トランポリン2
トランポリン3
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不安定な場所に立つと体は自然と安定させようとする。そのためトランポリンの上で投げた後に平地で投げると体の使い方が非常に安定する。
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アジリティディスク 1
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アジリティディスク 2
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アジリティディスク 3
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アジリティディスクの上で立ちバランス感覚を養う
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アジリティディスク 1
アジリティディスク 2
アジリティディスク 3
アジリティディスクの上で立ちバランス感覚を養う
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これもトランポリンと同じく安定感を身に付けるためのトレーニング。30秒~1分程度片足で立ち静止する、軸足で踏んで投げるという使い方をする。選手からは「最初は全然出来なかったんですけど、軸が安定して軸回転で投げられるようになりました」という声が聞かれた。
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ペットボトルを使い腕の使い方を覚えさせる1
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ペットボトルを使い腕の使い方を覚えさせる2
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ペットボトルを使い腕の使い方を覚えさせる3
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ペットボトルを使い腕の使い方を覚えさせる1
ペットボトルを使い腕の使い方を覚えさせる2
ペットボトルを使い腕の使い方を覚えさせる3
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正しい腕の使い方を身に付けるためのトレーニング。ペットボトルのフタが小指側、底が親指側となるように持つ。テイクバックの時も腕がトップの位置まで上がっても常にフタは上を向いたまま。その位置からは手で投げるのではなく、体の回転で腕が振り出されるようなイメージ。回転する前に手が出てきてはいけない。
これらのトレーニングで鍛えられた投手陣は春季大会を戦う現在、6人がベンチ入り。右が4人で左が2人、変則タイプも横手投げもおりバラエティに富む。県内で公式戦16連勝を飾った旧チームにも左の主戦級投手が3枚いた。公立校ながら投手陣の実力は最高値も平均値も非常に高い。
[page_break:シーズンに入ってから調整法とは?]シーズンに入ってから調整法とは?
模型を使って説明する尾崎 英也監督(県立いなべ総合学園高等学校)
その能力を夏の大会で100%発揮するためにはこれからの過ごし方が重要になってくる。4月は夏のシード権を懸けた大事な県大会を戦いながら投手陣には「基本の反復」を求める。「まだシーズンが始まって浅いので、投げるにしてもフォームを安定させる。ここで狂ってフォーム崩すと5月6月に影響が出てしまう」
バランスとリズム、運動の連鎖を改めて体に染み込ませる期間だ。5月はこれに併せて体力作りも行う。6月を追い込む時期とする指導者も多いが、尾崎監督の場合は「むしろムリさせない。調整に近い」練習試合の登板もローテーション制に近くなる。
もしこの時期に絶不調の投手がいたらどういう調整をさせるのだろうか。「走らせますね。投げるよりもネットスローとか。原因を明らかにしないといけない。微妙な腕の角度の違いであるとか、体の開きとか。その辺をハッキリさせないと」
この時期は投手陣の調子が上がらなければ胃が痛くなるはもちろんだが、逆に良過ぎても不安になるという。「良くもなく悪くもなくが1番」。30年以上の指導歴を持つ尾崎監督でさえこう言うのだからこの時期がいかに大事でいかに難しいかが伝わってくる。
また、この時期に行うトレーニングとして実戦を意識したものがある。テンポを良くするため1分間に15か16球投げる。それが終わると30mダッシュを往復し、素振りを10本。その後、イニング間と同じく投球練習を3球。ここまでを1セットとしてこれを5セット行う。100球近い球数を実際の試合と同じような心拍数で投げ込み、投げるスタミナを養うのが目的だ。7月は故障しないよう注意を払いながら最終的なバランスをチェック。メンタル面にも気を配り、雨の中でのピッチングやコンディショニングもケア。
全体的な流れはこうだが直前の調整方法は選手次第。試合前日はブルペン入りを控える投手もいるが、例えば山内智貴は投げ込んだ方が調子が上がるタイプで、連投はむしろ歓迎するところ。各自の特徴に合わせて最後の準備を整え、負けられない戦いに挑む。
尾崎監督は何冊もの本を読み、セミナーに足を運び膨大な量の知識を吸収した。その教えを受けた山内は野手出身ながら持ち球はカットボール、スライダー、カーブ、チェンジアップ、スプリットとかなり豊富。スライダーとカーブは元々投げられた球種だが、そのキレや質には更に磨きがかかっている。中学時代にボーイズ日本代表にも選ばれた渡辺啓五も現在は故障も完治し、球速表示以上に威力ある球をバンバン投げ込んでいる。
昨夏の三重県大会は決勝まで勝ち進むも3点リードの9回に試合をひっくり返され、甲子園まであとアウト2つ届かなかった。今年のチームには伝統の投手力に春の経験がプラスされている。聖地に校歌を響かせる大きなチャンスだ。
(取材・文/小中 翔太)
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