神村学園高等部(鹿児島)
『人間力』高めて壁打破を!
神村学園の男子硬式野球部は、2003年4月に1期生入学で産声をあげて、今年の3月で創部丸12年となる。野上 亮磨(現埼玉西武)らを擁した1期生の代が05年春のセンバツで初出場にして準優勝の快挙を成し遂げて以来、この春までに甲子園出場は春5回、夏3回を数える。
元女子校でありながら、強化指定部として学校が全面的にバックアップし、県内外を問わず優秀な選手を集めた。初代・長澤 宏行、2代目・山本 常夫、高い指導力のある監督のもとで鍛え上げられた選手たちが積み上げた実績が、先ほど挙げた数字である。
13年秋から指揮をとる小田 大介監督は32歳。就任するまで高校野球の指導実績はほぼないが、1期生がセンバツに出場した05年に亜細亜大を卒業して、神村学園のコーチになり、その後、中等部のコーチ、監督を歴任した。誰よりも神村学園野球部の細部まで知る人物である。
昨春に続き、2年連続で挑むセンバツの目標は「全国制覇」と揺るがない。この強さの源泉はどこにあるのか。いちき串木野市にある同校野球場を訪ねてみた。
トレーニングも、紅白戦も、積極的に新しい要素を取り入れる
「ランジしながら、左右、斜め、横、2回、行くぞ!」
マネージャーの谷川 拓己(新3年)の歯切れのいい声に合わせて、2人一組で身体を徐々に温めていく。股関節周り、肩甲骨周りなどに重点的に動的ストレッチをかけながら、ある程度身体が温まると、短い距離での動きづくりを入れ、中腰の姿勢からのスタートダッシュなど野球の動きに近づけていく。
ふくらはぎ、ハムストリングスを伸ばしながら、同時に腹筋
(神村学園)
「アップだけで30~50種類ぐらいのメニューがあります」と小田監督。
時間にして40分から1時間、柔軟性やバランス感覚を養うと同時に、筋力強化のトレーニングも効率よく取り入れているのが特徴的だ。横になって介助者が下半身のストレッチをかけている間に腹筋をする。
アップの最後にボクシングのスパーリングをするのは、つい最近取り入れた。1で右、2で左、3でダッキング、パートナーの声に合わせて動きながらスパーリング動作を3分間繰り返す。瞬発力、判断力、持久力を磨く。神村学園の選手たちは代々、動きに癖がなく身体能力が高い印象を持っていたが、それはこういった練習に裏打ちされているのだろう。
これまで初代・長澤監督は練習量を豊富にこなし、山本監督は個人練習を重点的にやっていた伝統がある。就任して2年目を迎えて、小田監督も「これまで先輩たちが築いた伝統は大切にしつつ、そろそろ私の色も出していきたい。良いと思ったことは積極的に取り入れるようにしています」
さらに自分のカラーを出そうとしている。
取材に訪れた3月5日のメイン練習は紅白戦だった。センバツの開幕まで2週間あまり。トレーニング期間を経て身体が強化された分、遠のいてしまった実戦感覚を取り戻す。この日は児玉 和也主将(新3年)、主砲の山本 卓弥(新3年)、豊田 翔吾(新3年)、田中 梅里(新2年)らレギュラー候補組と、控え選手や新2年生組との対戦だった。
一二塁間には一塁ベースから3.5メートル、4メートルの2カ所、二遊間は二塁ベースから3.5メートル、6メートルの2カ所に白線が引いてある。リードの距離の目安を視覚化し、どのぐらいまでなら帰塁出来るかを自分で確認する。この距離が長くなればなるほど、相手投手や守備陣にプレッシャーを与える。果敢な走塁野球は2代目・山本監督の頃定着したスタイルだが、こちらは新監督の代でもきっちり受け継がれているようだ。
紅白戦だが、ネット裏では谷川マネジャーらが、スピードガン計測やビデオ撮影をしている。球速、球数、盗塁は何秒かかったかなど、細かくデータをとっていく。この日の最速は、北庄司 恭兵(新3年)が132キロ、新里 武臣(新3年)が137キロで、前日に続く連投の疲れもあって本来の力からすれば今一つの出来だった。
紅白戦は終始ピリピリムードの緊張感が漂っていた。ワンプレーごとに小田監督や塩田 将孝コーチの指摘が飛ぶ。「練習は厳しく、鴨池や甲子園では楽しく」(小田監督)の実践だ。
監督の言葉に耳を傾けてみた。声のトーンは妥協を許さない厳しさがある。それ以上に選手に「なぜ、そんなプレーをしたのか?」を問いかけ、考えさせている。
結果を恐れずハッスルとした姿勢で
田中 梅里(神村学園)
たとえば打席でボールがユニホームをかすったように見えた選手が、そのまま立っていると「なぜ、アピールしないの?」。打ちたい気持ちは分かるが、ここは死球をもらってでも塁に出ることが大事ではないのか。
二塁からワンヒットで返れなかった走者には「スタート位置はそこでよかったの?」。最短距離でホームベースに返ってくるためには、もっと遊撃手寄りにリードをとってスタートするべきではなかったか。
試合では7回表まで、レギュラーチームが6点リードしていた。無死一、三塁のピンチを迎えたが、三塁手の児玉主将が「1点やってもいい」シフトを敷こうとすると、「常に1点もやらない姿勢でやれ!」と厳しいゲキが飛んだ。
無論、公式戦でどんなシフトをとるかはケースバイケースだが、今このチームに必要なのはどんな展開でも点をやらない姿勢だ。余裕を持つことはいつでもできる。昨秋の反省を生かし、この春は投手を中心にした守備からリズムを作る野球を目指している以上、少なくとも練習では1点もやらない緊迫感を徹底したい。
野手がエラーをした。小田監督が声を掛けたのは同じポジションの攻撃側の選手だ。「なぜ、あいつはミスしたと思う?」「一歩目が遅くて、思い切り前に出なかったからです!」「では、なぜそれをお前があいつに指摘してやらないの?」
チーム内の紅白戦とはいえ、いや紅白戦だからこそ、常に緊張感を持ち、身体だけでなく頭も動かし続ける姿勢をチームに植え付けようとしている意図がはっきり読み取れた。
この日の紅白戦はことのほかミスが多く、厳しい指摘が最後まで続いた。
試合で負ける要素は3つのボーンヘッドとエラーだ。神村学園はサインミス、バント失敗、四球の3つをボーンヘッドと定め、3Bと省略している。
確かに試合中、サインミスなどのボーンヘッド、バント失敗、四死球とエラーがより多く出るチームは負ける可能性が高い。紅白戦ではそういうミスが目立ち、小田監督は、
「目の前の結果にこだわりすぎていないか?」
全員を集めて、そしてこう語りかけた。
「長いトレーニング期間が明け、ようやく野球シーズンに入ると同時に、甲子園という大舞台が控えている。ヒットを打つ、好守をみせる、好投する…皆それぞれ、自分の与えられたポジションで結果を出し、アピールしたい気持ちは分かる。しかし、そこにこだわり過ぎるあまり、視野が狭くなっていつの間にか自分のことだけしか考えられないようになっていないか?今、本当に大事なのはミスを恐れず、お腹の底から声を出し、がむしゃらにハッスルして闘志をむき出しにする姿勢をみせることではないか」
神村学園はこれまで春夏合わせて7回の甲子園出場がある。この7回で初戦敗退は09年センバツの1度だけと、新鋭校らしからぬ勝負強さが光る。その一方で、初出場だった05年の準優勝以外、ベスト4、ベスト8など上位の成績を残せていない。その壁を打ち破るカギのひとつが、がむしゃらさや闘志をむき出すことにあるのではないかと小田監督は考えている。
人間力を高め、頂点を目指す
紅白戦開始前のメンバー発表(神村学園)
思い返せば、監督として甲子園初采配となった昨年のセンバツも、初戦の岩国(山口)戦(試合レポート)は快勝したが、2回戦の福知山成美(京都)戦(試合レポート)は0対12と大敗を喫した。
「1つ勝ったことで満足してしまった。2戦目は勝たなければいけないプレッシャーが力みにつながってしまった」
その反省から今年は「一戦必勝」を大きなテーマに掲げた。もちろん最終目標が「全国制覇」であることにブレはない。そこにたどり着くために、一つ一つのステージを着実にクリアしてステップアップすることに目を向けるようになった。
主砲の山本をはじめ、豊田、田中、都甲将央(新3年)らどの打順を打たせてもいい好打者がそろっており、投手陣も北庄司、新里と計算できる2枚看板を持っている。「個々の力では昨年よりも上」(小田監督)だが「控え選手との実力に差があり、層が薄い」ところが今後の課題に挙げられる。
チームの総合力を上げるため、最終的に必要になってくるのは「人間力を磨く」ことだ。自分だけの狭い世界に入らず、常に周りに気を配り、チームメートや応援してくれる人たちに感謝の気持ちを持って野球に取り組む。そんな選手が1人でも多く出てくれば、目標の「全国制覇」に近づく。
「底にある人間力の幅が広がれば広がるほど、その上に乗っかってくる体力や技術、戦術も高くなってくる」
小田監督が掲げる指導理念だ。
紅白戦が始まる前、ベンチ入りメンバーらがアップをしている間、メンバー入りできなかった部員たちが黙々とグラウンド整備をしていた。トンボで土をならし、イレギュラーが出ないように丁寧に仕上げていく。最後はインフィールドを見渡して、石ころ1つ見逃さない。
「自分がプレーしたいと思うグラウンドにしなさい」
小田監督が出した指示はこれだけだが、部員たちはそこでプレーする選手たちが気持ち良くプレーできるように気持ちを込めて準備をしていた。
「試合に出る選手たちは、こういう選手たちの支えがあってプレーできることに感謝の気持ちを忘れない。こういった細かい部分まで、今は監督やコーチが厳しく指摘しているけど、いずれは我々が言わなくても部員同士で指摘し合えるようになって欲しい」
すべて選手たちが自立して、助け合いができる選手になるため。選抜準優勝を果たした2005年を超えるため、本戦までしっかりとチーム力を高めていく。
(文・政 純一郎)