高崎健康福祉大学高崎高等学校(群馬) 【前編】
ノーリスク・ハイリターンの領域へ
この夏の公式戦10試合で61盗塁を記録した「機動破壊」。
「マネしたくてもできない」と言わしめるハイレベルな機動力を、なぜ健大高崎は実現できるのか。
オリジナリティーとスペシャリティーをもたらしている要素を探る。
機動破壊2014
「機動破壊」の旗の前に整列する選手(健大高崎)
東海大相模も聖光学院も第96回全国高等学校野球選手権大会に出場した。だが、この大会で走塁を中心にもっともインパクトを残した高校は、両校を尊敬してやまない高崎健康福祉大学高崎高等学校(以下健大高崎)だった。
甲子園4試合で26盗塁。群馬大会の6試合35盗塁と合わせ、健大高崎はこの夏、公式戦10試合で61盗塁を決めた。2012年春のセンバツでベスト4に勝ち進んだ時も話題になった「機動破壊」のフレーズが、再び脚光を浴びたのだ。
「今大会に関してはいつもと違う意味で積極性がありました。明確な指令として、2011年夏に我々が記録した群馬大会の盗塁記録(28盗塁)を超えよ、と。超えられなければ甲子園には行けない、と言いました。わかりやすい指標を示したことで、選手たちはより積極的になったんです」
青栁監督が一見ムチャな指令を出したのには理由がある。今夏の群馬大会には、前年夏の甲子園優勝を果たした時のエース・高橋 光成投手(独占インタビュー:2014年08月29日 2014年08月30日)が残る前橋育英、今春のセンバツでベスト8に進出した桐生第一がいた。
強力なライバルたちを倒さない限り甲子園へは行けない――。その崖っぷちの状況が、日頃から積極的な走塁をしかける健大高崎の選手たちを、さらにアグレッシブにした。
「冬場はバッティング強化に取り組んでいました。その成果を確かめる意味もあり、春の大会では無理に走ることを控えたんです。結果、準決勝で樹徳に負けたのですが(8対11)、この試合でホームランも3本出ましたし、夏に向けて手応えを感じました。これに走塁が加われば……と」(青栁監督)
[page_break:走塁のレベルアップなくして夏は勝てない]走塁のレベルアップなくして夏は勝てない
走塁練習をする選手(健大高崎)
「高橋 光成投手が日本一のピッチャーと思ってやってきました。対策としては低めのボールにまったく手を出さないよう、練習から低めのコースにラインを引いて見極める訓練をずっと行ってきました。これが功を奏しましたね。桐生第一の山田 知輝投手もセンバツベスト8投手でしたが、同じ攻略法で通用しました」(青栁監督)
健大高崎が編み出した「高橋 光成対策」は、結果として甲子園でも奏功する。初戦、岩国の柳川 健大投手や3回戦、山形中央の石川 直也投手といった右の好投手に対しても同様の対策で攻略する。
群馬大会で盗塁記録を更新した自信。全国トップクラスのライバルを倒した自信。そしてもとより強化してきた打力への自信。これらのポジティブな心理がすべてかみ合って甲子園でも躍動。
「センバツに出場して以来、ずっと打てなくて勝てない年が続いていました。この夏のチームは、機動力は例年通りで、違ったのは打力があったということです」(青栁監督)
つまり、1921年の和歌山中が記録した甲子園での盗塁記録「29」にあと3まで迫り、注目を浴びた機動力は、例年の健大高崎のチームレベルだったのだ――。
[page_break: 愚直+進化=オリジナリティー]愚直+進化=オリジナリティー
甲子園で1大会8盗塁を決めた平山 敦規選手(健大高崎)
とかく盗塁が注目されるが、機動破壊は決してそれだけではない。
盗塁を含めた「次の塁を狙う積極的走塁」を出発点にすることで、相手バッテリーを揺さぶり、対バッターの意識を「対ランナー」の意識に分散させる。そして、ピッチャーに「心理的重圧」をかける。
自らリズムを崩し、コントロールを乱したり配球が単調になるピッチャーをバッターが打ち崩す。また、ノーヒットでも得点ができる力を秘めているぶん、相手守備陣にも重圧をかける。これらの条件にはまると、ゲームの主導権を完全に掌握できる。
まさに理想的。どの高校も、こういった野球ができれば……と憧れるだろう。だが、ある実力校の監督は言っていた。「やりたくてもできない」と。では、なぜ健大高崎はできるのか。
挙げられる理由は2つ。ひとつ目は「愚直」だ。
青栁監督が言う。「できるまであきらめずにやるのが成功のもとです。うちも2010年の前橋工戦以来走塁強化を始めて(詳細は前回の野球部訪問記事を参照)、当初は批判もありましたが、今の高校野球はなにか特徴がなければ勝てない。だから信じ続けました」
とにかく決めたことに関して妥協がない。先に挙げた今年の夏前、5月の走塁練習もそうだった。
「最初の20~30分は盗塁に関して、その後1~1時間半は打球判断を中心にやってきました。ちなみに、『一瞬でも気を抜いたらやめる』と約束しましたが、『気を抜く』とは一塁を駆け抜けなかったり、フライで走らなかったりすることです。そんなことをしていたら、0.1秒の追及なんてできるわけないですから」(葛原コーチ)
「時間を費やしたのはランナーをつけて、ノックではなく、実際にバッターに打たせた練習です。カウントを見ながらケースバイケースでバッターが打つ方向を考えてバッティングをする。それに応じた走塁をランナーがする。まずは選手主導で動いてもらい、それを見たコーチ陣が細かく指導していくことを繰り返しました。
結果、選手自身で状況判断ができるようになり、ケースに応じた走塁とバッティングが身についたんです」(青栁監督)
[page_break:葛原コーチが目指すもの]葛原コーチが目指すもの
葛原コーチ(健大高崎)
これを毎日2時間。1年生から走塁を磨き続けて3年生になった選手たちは、さらに集中力を高め力を研ぎ澄ました。この愚直なまでの徹底ぶりが、他校からすると「できない」高精度な走塁を実現させている。
そしてふたつ目は「進化」だ。葛原コーチの言葉に耳を傾けてみよう。
「例えば来年同じテーマで取材していただいたら、また違うことを言っていたいですね。それぐらい、常に考えています。機動破壊が注目されて、マークが厳しくなっても、自分の中の更新ボタンをピッと押せばいいんです」
2007年に着任以来、ずっと続けてきた思考錯誤。「壁にぶちあたっても、原因を追及すれば対策はおのずと見えてくる」という。
その繰り返しは、そのまま機動破壊の進化につながっている。つまり毎年理論が蓄積されるぶん、走塁の精度は増し、破壊力も増す。結果が出ても、同じ位置で足踏みするつもりはさらさらない。
するとどうなるか。年々指導内容は濃くなっていく。先輩たちを見て育った後輩たちは、理解力を底上げして、ひとつ上の実力を積み増ししていく。それが代々続いていくことで、長期スパンで見ると他校の追随を許さないレベルになっていく。
「ある程度までいくと、僕はもう『遅いよ』『もっと速くして』としか選手には言わないんです。選手たちからしたら『……その方法は?』と思うでしょうけど、それ以上は言わない。選手は自分たちでとにかくやるしかないんです」
「教えすぎなくていいかな、と」と葛原コーチは笑う。その不敵な笑みの裏には、これまでひとつずつ蓄積してきた礎に対する自信がのぞく。
愚直さと進化。この2つを融合させ、妥協せずに続けていくことで、健大高崎にしかできない野球は形作られていた。
(取材・文/伊藤 亮)
【後編では、93年ぶりとなる1大会盗塁タイ記録(8盗塁)をマークした平山 敦規選手。さらには、18U日本代表でも活躍した俊足スラッガーの脇本 直人選手の“走塁論”もお届けします!】