前橋工vs前橋商
緊迫の投手戦の前橋決戦は、一発で決着
前橋市の伝統の両校が高崎市の球場で対決するという皮肉な日程の妙になってしまった。それでも、スタンドはこの“前橋ダービー”に期待する人も多く、いっぱいになった。そして、試合もタイプの異なる左右の投手の投げ合いで、緊迫の投手戦となった。
1点をめぐる投手戦となったが、見ごたえのあるものだった。
前橋商の左腕岩崎君は1年生の夏から前橋商のマウンドを担い、評判にもなった投手である。体も一回り大きくなって迎えた最終学年の夏である。昨年秋は県大会で敗退して、結果を残せなかったことで本人もチーム自体も少しバラバラになりかけたこともあったというが、最後の夏へ向けて、心身ともに調整してきた。
高崎商時代には甲子園に導いたこともあるが、母校の監督に就任して2年目の住吉信篤監督も、自ら目指していこうという要素と、チームの中でのズレがあって、ちょっと迷った時期もあったという。それでも、この夏へ向けては徐々に整ってきていたということは実感していた。「秋に勝てなかったことで、岩崎自身も、意識を変えて取り組んでいけるようになったのも、却ってよかったのではないかと思っています。昨年から、今年にかけて、意識としては大きく成長したと思います」と、技術面よりも精神面の成長を評価していた。
この日の岩崎君は、必ずしもベストという状態ではなかった。7回まで、毎回安打を浴びていたが、失点は6回に内山君に打たれたソロアーチによる1点のみだった。
しかし、結果的にはその1点が決勝点になってしまった。
それだけに、試合後の前橋商ベンチには悔しさが溢れていた。泣き崩れる選手もいた。それをかばう選手もまた、涙を流していた。
6回の1点は0対0の均衡の中で、果たしてどちらにどういう形で得点が入るのだろうかと、思い始めた矢先のことでもあった。カウント1ボールから、内角やや高めに入ってきたストレートを捉えたものだったが、それを迷うことなく振り切った5番内山君の思い切りの良さが功を奏したともいえる一発だった。注目の原澤君が厳しいマークもあって抑え込まれている時だっただけに、効果的だった。「あの子は、たまに一発がある子なんで…、でも、あそこで一発が出るとはね」と、五十嵐卓也監督も驚く決勝ホームランだった。
また、岩崎君ほどスピードはない中で、粘りの投球をした塩沢君は、終始丁寧な投球だった。「5回まで持ってくれればいいという気持ちでもいましたが、1回1回を丁寧にということだけを言いました」という、五十嵐監督の期待に十分に応えていた。
塩沢君としては、エースナンバーを背負った意地を示したと言ってもいいプライドの完封でもあった。やはり、最後の夏は、思いがどれだけ強いのか、そんなところも土壇場で発揮されてくるのであろう。
ついに1点に泣いた形になった前橋商だったが、住吉監督が目指してきた守りの野球はきちんとできたのではないだろうか。悔しい負けながらも、一時はバラバラになりかかったチームが、最後の夏を目指してまとまってきたことも、一つの成果であろう。「結果は、悔しいですけれども、目指していた野球には近づけたのではないかと思います」と、住吉監督も結果を受け止めながらも、このチームとして歩んできたプロセスに関しては納得していた様子だった。
(文=手束仁)