Column

東京大野球部 勝利の方程式 守備フォーメーションの取り組み

2013.05.17

早大の走塁

 東京六大学野球連盟において、個々の能力では敵わない強豪大学に挑み続ける東京大学運動会硬式野球部。彼らはその差をいかにして埋め、勝利しようとしているのか。守備のフォーメーションの取り組みなど、木村駿佑(4年)、芦田拓人(3年)両学生コーチが披露する、格上とされる相手からでも勝利する“方程式”には高校生が参考にできる要素が詰まっている。

己を知ること

東京大学 木村駿佑 学生コーチ

 自分たちよりも強いチームに勝つためにはどうすればいいか。その糸口は、己を知ることにある。

 「個人のレベルは他の大学と比べて劣ります。完全に劣ります。例えば守備のとき、ランナーが一塁と三塁にいて、一塁ランナーがスタートを切り、キャッチャーがセカンドに放った瞬間、三塁ランナーがホームを突いてくるケース。他の大学はキャッチャーからの送球を受けたセカンドもしくはショートがキャッチャーに返球して三塁ランナーを刺せますが、うちは肩の強さがないため、その流れでは三塁ランナーの生還を許してしまいます。

ですから、セカンドないしショートがセカンドベースの1メートルくらい手前で送球を受けてキャッチャーに投げ返します。もしくはピッチャーがカットするか、キャッチャーが二塁ではなく三塁に投げるなど、自分たちが実行できる、失点を防ぐためのプレーを考えて行っています」

 木村学生コーチは他大学に後れを取っていることを素直に認める。だからこそ、工夫の道を探ることができる。

 「これは重点を置いてやっているわけではないんですけど、レフト線への長打が出て一塁ランナーがホームまで還る場合。レフトは本塁でアウトにするつもりでカットマンのショートへ返すのですが、ショートはそれが間に合わないと判断したときには切り替えてバッターランナーを二塁で刺しに行く。実戦でなかなか出るプレーではないんですけど、それをあえてシートノックでやったりします」

 他にも一二塁間を抜けるかどうかという強いゴロに対して、他大学はセカンドが捕ったときに備えてファーストが追いすぎないところを、東大では思い切りよく捕球を狙う。空いた一塁ベースにはピッチャーが素早く入る。リーグ戦でもかなり出るプレーで、普段の投内連携の練習でもそうした打球を打つようにしている。

東京大学 芦田拓人 学生コーチ

「セカンドが追いついたものの、ファーストが出てベースががら空きになっていたため投げられなかったというプレーが実際にあって、あれはアウトにできただろうということで練習するようになりました。こういう動きは他の大学では見たことがないですね。ピッチャーの走力もそうですし、ファーストの守備範囲もそうですし、それらによってタイミングなども変わってくるので、そういう練習は毎日やっています」

 アウトにできるチャンスがあるならば、それを少しでも大きなものにする。木村学生コーチの言葉には、東大の勝利への渇望が端々に感じられる。ただし、仮に効果的なフォーメーションであったとしても自分たちに適さないと思えば取り入れることはしない。

「臨時バッテリーコーチの今久留主成幸さんからランナー二塁で相手がバントをしてくる場面でのピックオフプレーを教わったのですが、うちのピッチャー陣の制球力ではやらない方がいいと思って見送ったものもあります。ファースト、サードがホームに向かってダッシュをするんですけど、ピッチャーは絶対にボールを投げる。キャッチャーはピッチャーに『ストライクを入れろ』と口では言うんですけど、これはピックオフの布石で相手にうちがバントをやらせると思わせるんです。それで次の1球も外して今度はピックオフする。ただ、面白いプレーだとは思いますが、刺せなければカウントが2ボールになってしまう。キャッチャーもある程度、肩が強い必要がありますし、今のチームには合わないと判断しました」

[page_break:自分たちがまずは崩れないこと]

自分たちがまずは崩れないこと

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 「ブルドッグ」と呼ばれる、無死または一死一、二塁で相手が送りバントをしてくるとわかっていて、二塁ランナーを絶対に三塁に進めたくないときに使うフォーメーションも引き出しに入っている。ピッチャーと呼吸を合わせてファーストとサードは本塁前へチャージしてバッターにプレッシャーをかけ、ショートは三塁、セカンドは一塁に入るというもので、昨年、僅差で負けている試合終盤に1度試みて成功させてもいる。ただし、それは絶対に得点を与えられないときのことで、相手のバントに関しては基本的にはやらせてアウトを1つもらうというスタンスでいる。東大は得点力が決して高いとは言えないだけに、他大学より1点を失うことの意味は大きい。常に相手に得点圏にランナーを進められることは防ぐべきではないのだろうか。しかし木村学生コーチは首を横に振る。

 「もちろん6回、7回以降に、例えば0対2で負けていて、次の1点が勝負というときは、ある程度ギャンブルで内野もかなり前に出します。バントだけでなく、守備隊形にしても、ここは1点をあげてもいいシフトを取るのか、1点もやらないシフトを取るのか。バッターに長打があるのだったら、外野の前のシングルヒットによる1失点はOKで、バッターランナーを得点圏にやらないようにすればいいのか。

 それは状況に応じて決めますが、序盤の1点にはそこまで固執しません。そこで無理をして大量失点してしまったらもう勝負になりませんので、ある程度、割り切っています。アウトにできるものは確実にアウトにする。強い相手とやるには、自分たちが崩れないことが一番だと考えていますので。それにうちが勝つケースというのは4、5点取るときなんです。ピッチャーの技量的に0点に抑えるというのはあまり現実的ではありません。2、3点取られても、4、5点取って勝つというのがうちの勝利のスコアだと考えています」

[page_break:試合をマネジメントする意識]

試合をマネジメントする意識

 東大がリーグ戦で最後に勝利を収めたのは(5月6日現在)、2010年の秋季リーグ、早稲田大学戦。
 2回表に1点を先制され、3回表にも1点追加されるも、3回裏に相手先発の斎藤佑樹(現・北海道日本ハムファイターズ)から2点を奪って同点。さらに6回裏にタイムリーヒットで勝ち越し、8回裏には大石達也(現埼玉西武ライオンズ)の暴投で1点を加点。そのまま4対2で逃げ切った試合を木村学生コーチも理想の試合運びだったと振り返る。

「そのイメージですね。5回くらいまでは同点から2点ビハインド以内で踏ん張って、中盤で追いついて終盤で相手の焦りも誘って逆転する。勝つとしたらああいう展開。それはみんなが共有していると思います。ですから0点に抑えるというより、序盤の1、2点はOKという考え方をしています。点を取られても、追いつくという戦い方を想定しているから、余裕というか、焦りが出なくなる。そうなるとミスも減る。ここは1点、取られてもいいやくらいの気持ちでやっている方が意外に抑えたりもするんですよね」

 自分たちの勝ちパターンを考え、試合をマネジメントする意識を持つことは、どんな高校生でも見習えることだろう。

 相手チームへの対策という面では六大学野球では他大学の試合の映像を撮影して各選手の特徴や傾向を把握して戦略を立てることができる。だが、同じ相手と戦うことが少ない高校生はどんな工夫をすればいいのだろうか。芦田学生コーチは自身の高校時代を振り返りながら、こう話す。

 「相手が違っていてもどこかに似た部分というのはあると思うんです。ただ、僕自身がそうだったんですが、高校のときは自分たちがいい球を投げて、いい打球を打って、いい守備をすれば結果もついてくるだろうと思うばかりで、相手を見て戦うことがなかなかできないと思います。ピッチャーなら相手のバッターが違う選手でも似たような構えをしていたり、打ち方があると思うので、そこをうまく活用できれば投球の選択肢をいろいろ持つことができると思います」

 木村学生コーチが続ける。
 「試合の中で変えていけるところはあると思います。僕らも初対戦のバッターに関してはファウルを打った反応とかを見て、打球方向を推察したり、ピッチャーならコースとか球種を記録していって配球の傾向を考えたりします。ベンチからだとどうしてもコースがわからないので、バッターから球種、球質も含めて聞き取りをしています。そうした情報を集約して二巡目からはどの球を狙っていこうかといったことを決めるときもあります。カウント球が、はっきりわかるピッチャーもいますし、そういうところは変えられるのではないでしょうか。同じ打ち取られ方をされていては活路が見出せませんからね」

 自分を知り、相手を知る。
 勝敗を左右する要因は、体力や技術だけではない。

 

(文=鷲崎 文彦

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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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