都立総合工科高等学校(東東京)
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「信」こそが、強い心を育むキーワード
あれから13年の年月が経過した。干支で言えば一回り以上である。
有馬信夫監督が都立城東を率いて、初めて東東京大会を制して甲子園出場を果たしたのが1999年だった。その当時、「都立校が甲子園出場を果たすのは奇跡に近い」という認識が大方だった。事実、それまでは東京都からの都立校の甲子園出場は、わずかに一度きり、1980(昭和55)年に都立国立が西東京大会を勝ち上がったときのみだった。以降、東大和が一度決勝に進出したことはあるものの、東東京に至っては決勝進出もないというのが現実だった。
その壁を打ち破ったのが99年の有馬監督率いる都立城東だった。さらに、その2年後にも都立城東は、有馬監督が作りあげた基礎に積み上げて再び甲子園出場。また、03年には雪谷も甲子園に届いた。99年の都立城東の甲子園が明らかに、東京都の高校野球の勢力図に変化をもたらした。そして、それ以上に都立校で頑張る指導者の意識も選手の意識も明らかに変わった。「自分たちが本気になれば、甲子園は夢で終わらないんだ」という意識が強く芽生えてきたのである。
▲ティーバッティング練習風景
その張本人が有馬監督だった。
「指導者が本気にならないと、選手が本気になるわけがないでしょう。だから、いつも選手に言っているのは、『一番にならなければ、最初に負けても同じだよ』ということですよ。『適当なところで、これでいいや』というのはないということです」
それは、高校野球の指導に携わった時からの有馬監督の信念でもある。
「ただ、(毎年代わる)選手たちを見ていて、これで本当に(甲子園へ)行けるのかよ? と思う時もありますよ。だけど、そんな気持ちを否定しなくちゃいけないわけで、そのためには自分を信じていくということで、今も、日々葛藤ですね」
いかに、本気で甲子園を目指していかれるのか、そのためには「信じる」ことだという。自信の名前にもある「信」こそが、強い心を育むキーワードだと語る。それが、有馬監督の指導理念として、根底に流れているものとなっている。
罵声が飛び交うグラウンド
練習中は独特のべらんめぇ調で、選手に刺激を与える。それは、保谷、都立総合工科と異動してもその姿勢とスタイルは変わっていない。
「気持ちで負けてるヤツは、いつまでたっても上手くなりゃしねぇんだよ」
「相手が強いからってビビってんじゃ、絶対に勝てねぇよ。オレだって、そんなヤツは使わねぇよ」
「調子が悪い時に、自分で何とかできねぇヤツは、結局一番苦しい時に、逃げちゃって何もできねぇんだよ」
「ハートで負けてるヤツに、野球なんてやる資格はねぇんだよ」
▲罵声が飛び交う練習風景
都立城東時代から、そんな罵声がいつもグラウンドに飛び交っていた。
それは、練習試合や公式戦の時もまったく同じだ。投手が、四球を連発すると、
「ファーボールを五つも六つも出して逃げて6点取られるくらいだったら、ホームラン6本打たれた方がよっぽどましだよ。そんな、逃げてばかりいたら、もういらねぇよ。いつまでたっても変わりゃしねぇよ」
また、チームプレーが出来ない選手に対しては、
「チームプレー出来ねぇで、自分のことしかやれねぇんだったら、野球やらなくていいよ。個人競技で、何か他のことやりゃーいいじゃねぇかよ」
しかし、そう言って罵倒した選手を、次の試合で何もなかったように使うのも有馬監督のやり方である。そこで、結果を出していく選手こそ、徐々に気持ちが鍛えられていくのである。そのことに関しては、有馬監督自身も言う。
「怒鳴ったり、けなしたり、『オメェなんかもう、絶対使わねぇよ、帰っちゃえ』みたいなことは、いつも言っていますよ。それで、ビビるのか、聞き流しているのか、まったく聞いてないのか、それはわかりません。だけど、チームとして一番大事なことは信じることだと思っていますから、その気持ちがなかったら、何も言わないですよ。それで、そんだけ言ったヤツを平気でまた使いますよ。それを分かるか分からないか、それは信じているかどうかということですよ」
▲選手を見守る有馬監督
そして、ここで有馬監督の言う「信じること」というのは、選手が指導者を信じるということはもちろん、指導者も選手を信じるということである。そうしたお互いの信頼関係を作っていくことで、選手は気持ちが強くなっていかれるものでもあるという。
「怒鳴ったり、けなしたりしていますけれども、怒鳴りながら褒めてますけれどもね…。それが、分かるか分からないのか、それも信頼関係だと思いますよ」
つまり、怒鳴るというパフォーマンスに関しても、有馬監督としては、一つの「信じる心」をわからせたいという思いがあるのだ。有馬監督にとっては、基本姿勢としてはすべて、そこが起点となっているのである。
[page_break:「信じる」気持ちを作るために必要なこと]「信じる」気持ちを作るために必要なこと
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それでは、「信じる」という気持ちを作るために、何が必要なのだろうか。その前に、何を信じるのかということになるのだが、有馬監督はそれは「プライド」であり、「ブランド」であるという。
「ウチなんかでは、それは一つに有馬ブランドもあると思っていますよ。まあ、最近かすれてきたけれどもね(苦笑)」
ただ、都立校で結果を出してきた監督という自分のブランドがある以上、結果を出さなければそのブランドは力を失ってしまうものだという思いもある。だから、勝つことに拘り、結果を残していくことに拘るのである。
「そのためには、結局は信じるということなんですよ。チームを信じること。チームの仲間を信じること。自分のチームを信じられないところでは、やっぱり勝てやしないですよ」
この信念は揺るがない。
どうしたら、自分たちのチームが勝てるのか、常にそのことを考えている。
▲実戦に即した、走者をつけた練習
「今の時代、社会は人の批判ばかりの世の中でしょう。その批判が、チームの中で出てしまったら、それは間違いなくそこから崩れていきますよ。それは、そうでしょう、信じていないんだから…。
だから、批判には耳を貸さない。批判はしないんです。ただ、自分にそのことに対して、答えがあれば、それは意見なんですよ。だから、勝つ術(すべ)を知っている人がチームについて語るのであれば、それは意見になるけれども、答えもないのに自分だけのことを通そうとすると、それは批判になるんですよ」
そして、批判をなくすためには、「調和と融合」を原点としているという。
「上がバラバラだったら、子どもたちは信じることが出来ないじゃないですか。だから、如何に信じる心を作れるか、そこが指導者として常に持っているテーマだと思いますよ。心が出来てきていれば、技術というのは、いくらでも作れますよ。それに、技術というのは一つではないですから」
野球というのは、静と動との連続である。そして、一瞬の動があって、1プレー1プレー止まっていくスポーツだ。それだけ、心の動きが影響するのである。だから、野球にとって、何よりも心が大事なのだというのが有馬監督の考えである。
「極端な話、心が同じであれば、技術の高いところには絶対に勝てないですよ。だけど、自分たちよりも上の技術のところにも勝つためには、心で勝っていなくてはいけないということです。その原点にあるのが、自分の集団に誇りを持ってなければ、いけないんですよ。そのためにはどうするのか、それは信じてなければ、どうしようもないということになるんですよ」
そのために、何をしていかなくてはいけないのだろうか。
「反省は○だけど後悔は×。なぜならば、反省は次へ進むための行動だけども、後悔というのは後ろへ戻るだけだから次へは行けない。だから指揮官としては、反省はさせなくちゃいけないけれども、後悔はさせてはいけないんですよ」
ところが、現実は反省すると言いながら後悔していることが多いのだという。反省には答えがあるけれど、後悔には答えがない。それは、自分がやらないで人のことだけを言うという批判にも似たものがあるのではないだろうか。だから、「批判は聞かないけれども、意見はきちんと聞く」という姿勢を作っていくのだということになる。
有馬監督は、信じるという心を作っていくための作業としては、こうしたいろいろな負の要素を消していくことも大事なのだという。そして、その上に立って、「自分のチームはナンバー1なんだ」という気持ちを積み上げていかなくてはいけないのだという。
こうして、選手と指導者の「信」の心を作っていく要素として、一番重要なものは何かというと、それは指揮官の生き方であるということにたどり着く。もっと言えば、指導者がどれだけ野球に命を賭けられるのか、ということである。それを示していきながら、「野球に対していかに真摯に取り組んでいくのか」というところから始まるのだという。
そして最後、有馬監督はきっぱりと言い切った。
「オレはオレの野球に自信を持っている。オレは、自分の野球を信じているから、気持ちは揺るがないんだよ」。
(文=手束 仁)