スター誕生の瞬間 大阪桐蔭vs浦和学院 第84回センバツ
第84回選抜高等学校野球大会 準々決勝。大阪桐蔭と浦和学院の一戦。
両校共に一歩も譲らず、1対1でむかえた試合終盤7回裏に訪れた無死満塁。
この無死満塁の両校の攻防を徹底解剖。
その中で改めて見えてきたのは、
スターが誕生するだろう予感を思わせる無死満塁だった。
ミスをカバーしようと投げた攻めの投球
【写真:11,秋季大会より】
が、今度はファーストの小池裕也が落球。フェンスまでは距離があったが、「フェンスを気にしてしまった。捕れた打球でした」(小池)。次の球をまたしてもレフト前に運ばれた。普通に守れていれば2死一塁のはずが、無死満塁。ミスが絡み、最悪の流れだ。
だが、ここからが今季の高校野球界“ビッグ3”といわれる藤浪の真骨頂だった。
「自分もフォアボールとかミスがある。味方のミスで一喜一憂してたらピッチャーはできない。ミスをカバーしてやろうと思って投げました」(藤浪)
西谷浩一監督から伝令が送られた後、一人目の打者は7番の吉川智也。今大会初スタメンの背番号15はこんな思いで打席に入った。
「大きいのはいらない。つなぐという気持ちでした。当てにいってゲッツーが一番ダメなので、三振OKで振っていこうという気持ちでした」
初球、120キロのスライダーが決まると、2球めは147キロのストレートを空振り。1球ボールの後、4球めに132キロのカットボールが来て空振り。三振に倒れた。
「三振OK」の気持ちでいっての空振り三振。やるべきことをやったように見えたが、そうではなかった。
「まっすぐで押してくると思ったんですけど、スライダーから入ってきた。その初球を見逃してしまって、相手の流れで配球をさせてしまいました。あのボールを狙わなきゃいけなかった」(吉川)
チャンスで初球を狙うのは鉄則。読みが外れたとはいえ、そこで勝負あり、だった。
再び伝令が来た後、二人目の打者は石橋司。1年春の関東大会で本塁打を放った好打者だが、この試合ではスタメン落ち。そんな不調の選手を藤浪は問題にしない。初球、センバツ最速記録となる153キロの速球を見せると(ボール)、2球めもストレート(空振り)。3球めにカットボールをファウルさせた後、4球めは150キロのストレートで空振り三振に斬って取った。
2死となり、西谷監督は三たび伝令を送る。1試合の伝令の制限回数である3回をすべて使い切ってしまうほど、このピンチをヤマ場だと考えていた。
「1イニングに3回タイムを取ったのは記憶にないですね」(西谷監督)
三人目の打者は9番の緑川皐太朗。無死満塁で「点が取れる」と思っていたのが、点を取れないまま2死で自分に回ってくる。プレッシャーは大きかった。
「イケイケの場面だったので、まさか自分にあのかたちで回ってくるとは思いませんでした。ここで取れなければ流れが変わってしまうと思った。何としても打ちたかった」(緑川)
気負いもあったのか、緑川は初球、ワンバウンドの134キロカットボールを空振り。2球めも132キロのカットボールを空振りした。ストレート、スライダーが外れてカウント2-2となった5球め。大阪桐蔭バッテリーが勝負球に選んだのはカットボールだった。134キロの高速変化球に緑川のバットは空を斬り、空振り三振。無死満塁から大阪桐蔭としては圧巻、浦和学院としてはまさかの三者連続三振になった。
甲子園の雰囲気を変えた
【写真:11,秋季大会より】
「試合前からマシンで速い球を打ったり、距離を短くして打ったり、対策はしていました。まっすぐを狙っていたので、変化球に対応できませんでした」
そう話した緑川だが、9回2死で回ってきた打席では、ストレートを3球ファウルした後、カットボールをセンター前にはじき返している。この試合、藤浪は6回からの救援登板。7回の打席は初対戦ということもあり、余計に対応するのが難しかった。
「対策はしてましたけど、実際(打席に)立ってみたら打てなかった。フォームが大きくて躍動感もあるので。相手は自分がストレートを狙ってたのがわかってたと思います。冷静になれなかった。打つ球をイメージしてやればよかった」
実は、三度送った伝令で西谷監督は守備隊形とともにこんな言葉を伝えている。
「変化球でかわさず、押していけ」
藤浪のスピードと球威を信じての言葉だったが、浦学の打者はストレート狙い。ストレート一本槍では、出会い頭を食らう危険性もあった。吉川への初球の入り、緑川への攻め。バッテリーの判断で変化球をうまく使ったことが功を奏した。捕手の森は言う。
「(吉川への)初球はまっすぐに絞ってくると思ったので。(緑川へは)変化を投げたら対応できてなかったので、変化でいけるかなと思いました」
自らのミスも絡んでのピンチだったが、見事に切り替え、冷静な判断が光った。終盤に入り、追いついた直後のイニングで失点するのと、そうでないのとでは雲泥の差がある。これで流れは大阪桐蔭のものになった。
8回に2失策と暴投で勝ち越しを許すが、9回に安井洸貴の二塁打、白水健太のセンター前安打などで逆転。最悪な点の取られ方をしながら、なぜ逆転できたのか。それは、間違いなく無死満塁にある。
藤浪が「今までこれだけ厳しい場面はなかった」とふりかえった大ピンチをしのいだという事実だけではない。その場面を三者三振というファンにもっともわかりやすい結果で抑えたということが大きいのだ。2万2千人の観客のほとんどが地元・大阪の大阪桐蔭びいき。中でも150キロの速球でドラフト1位候補といわれる藤浪の投球を楽しみに観戦している人は多い。あの三者三振は、まさにファンが「さすが藤浪」という評判通りの実力を確認できる結果だった。
大阪桐蔭の有友茂史部長は言う。
「あの三者三振は、甲子園の雰囲気がさせたものでしょう」
それによって、スタンドから「藤浪を勝たせたい」「藤浪をもっと見たい」という雰囲気が生まれた。
「ワシらが見たいんは、大阪桐蔭なんや。藤浪なんや」
そんな声が聞こえてきそうな空気。これこそが、ドラマを演出する“宇宙空間”なのだ。それを作ったのが藤浪の13球。
スターのため、その後の劇的なドラマのために用意されたかのような無死満塁だった。