強打者を育てた打撃練習法 /東海大甲府(山梨)
森野将彦、高橋周平(ともに中日ドラゴンズ)ら数多くのプロ野球選手を育て上げた名将が考える全国の強豪相手に勝つための打撃とはいかなるものか。1番の肝となる「ダウンレベルスイング」のフォーム解説を交えながら、その理論と練習法を公開していただいた。
逆方向への強打線の秘訣は「押し手」の意識
――ベスト4に進出した今夏の甲子園ではチーム打率3割2分。特にセンターから逆方向への力強い打球が印象に残りました。
村中秀人監督(以下「村中」) 子供たちにもいつも言っているんでが、甲子園で勝つチームの打線というのは、全員がセンターから逆方向に打てるんです。
もちろん、ちょこんと当てるだけのバッティングではありません。逆方向に引っ張るスイングを習得しなければ県大会も勝ち切れないし、甲子園に行ったとしても勝てないということは頭に入れさせています。
▲高橋周平(中日ドラゴンズ)
――昨年のドラフトで中日に1位指名された高橋周平選手も広角に強い打球を打っていましたね。
村中 ただ、(高橋)周平だって最初からそうだったわけではありません。ライトにはポン、ポンとホームランを打てました。ですが、プロでも活躍したいなら逆方向にしっかりとした打球、長打を打つことが大事ですから、そうした練習に取り組んだんですが、どうしても左手が負けてしまってフライになってしまう。
それで『逆方向は押し手だぞ。(左打者は)右手でリードして、左手の押し出しを意識しろ』と教えました。3年の春の県大会の決勝戦で、外寄りの高めの球をイメージ通り押し手を使って逆方向に打ったんですが、レフトが一歩も動けないまま、打球は[stadium]小瀬球場[/stadium]の上段まで届いたんです。それを見て、周平はプロに行けるなと確信しました。
それと、これは私が東海大学、社会人・プリンスホテルで一線級のピッチャーと対戦して感じたことなんですが、押し手が使えないと相手の球が140km/hクラスになると球の力に負けてしまうんです。インパクトの瞬間に押し手でしっかりとバットのヘッドを立てて打ち返すことも大事だと考えています。
――押し手は特に重要視されているんですね。
村中 そうした自分の体験で学んだことも取り入れていますし、東海大相模高校、東海大学時代に原貢監督に教わったことも生かしています。原監督のバッティング理論の根幹は腰の回転と、引き手のリード。球をポイントまでしっかり引きつけて、体を腰の回転で回して引き手のリードでバットを振り抜く。それは私の指導の中での基本にもなっています。
――逆方向に限らず強い打球を打つためのポイントはどんなことでしょうか。
村中 やはり土台となる下半身がしっかりしていないとバットを振れませんよね。うちは12月、1月というのは基本的に球を握りません。キャッチボールやノックもほとんどやりません。
球を使った練習を行うとしたらティーバッティングやロングティーくらいで、徹底して下半身や体幹の強化トレーニングに費やしています。主にランニングやウェイトトレーニングですが、ただ走るだけだと飽きてしまうのでハードルを入れたり、タイヤを引いたりといった、サーキットトレーニングをよくやります。
[page_break:球を握らせない2ヶ月]球を握らせない2ヶ月
▲神原友(東海大甲府)
――昨年からキャンプも復活させたそうですね。
村中 12月の終わりに5日間。神原友なんて『逃げ出したくなりました』って言ってましたけど、みんな体がしっかりしましたね。今年もやりますけど、走ること、食べること。本当にオーソドックスなことしかやりません。あとはバッターなら思い切ってバットを振ること。
振ってみるとわかるんですよ。どこで力を入れるべきなのかとか、これでは飛ばないんだなとか。それを掴まないと先に進めませんからね。
――選手にとっては厳しい2ヵ月ですよね。
村中 1番辛い時期ですけど、ひと冬越えて迎える春のシーズンは体がまったく違ってきます。打球にしても本人たちが驚くくらい力強くなる。まわりの高校からも『東海大甲府はひと冬越えるとなんでこんなに体が変わってくるの?』って言われます。
――ただ、2ヵ月も球を投げないと選手は不安になるのでは。
村中 全然そんなことはありません。高校時代、私もそうでしたから。原監督も12月、1月はトレーニングだけでした。それを継承しています。特にピッチャーはケアという側面もあるんです。タオルを持ってのシャドウピッチングはやりますけど、球は投げません。これまでのフォームを振り返って修正しつつ、しっかりトレーニングを積む。
肩などを壊すのは下半身ができていないのに上体の力に頼って無理に投げるから。だからきちんと下半身を強化して、理想的なフォーム作りをまず行います。実際うちのピッチャー陣は肩を壊す子は1人もいません。僕はピッチャー出身ですし、そこは特に大事にしています。
将来のこともありますからね。バッターでいえば、さっきも言ったように下半身を強くしてバットを振る力をつける。それができたら、スイングの軌道です。
[page_break:理想のスイング「ダウンレベル」]理想のスイング「ダウンレベル」
――スイング軌道はレベルスイングですか。
村中 僕の理想は『ダウンレベル』です。トップから途中まではダウンで、その後はレベルでスイングします。ダウンスイングだと球を切ってフライになってしまいますし、レベルからレベルだと軟式球ではいいんですが、硬式球では負けてしまうんです。
――ダウンからレベルの変換点も含めて、連続写真でそれぞれポイントの説明をお願いします。
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※詳しい解説画像はパソコン版をご覧ください。
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▲【写真1】トップ
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村中 トップの位置は選手に任せていますが、僕の理想は例えて言うと雨が降って傘をさしているときに自分より身長が5、6cm高い人が隣に来て傘に入れようとすると傘を少し上げますよね。その高さですね。あとはトップが決まったときにヘッドが寝すぎないこと。
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▲【写真2】レベルスイング
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村中 トップの位置からここまでがバットの軌道はダウンスイングで、この先がレベルスイングです。それと下半身の回転が1番速いところですから、その勢いをインパクトに繋げます。
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▲【写真3】インパクト
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村中 インパクトです。脇はこのときに締まっていればいいので、これ以前に脇を締めろという意識は持たせたりはしません。自然体で良いと思います。子供たちにはヘッドを利かせて、スイングの音がここで1番鳴るようにしろと言っています。ブーンではなく、ブッンという音ですね。
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▲【写真4】インパクト後
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村中 インパクト後は力を抜くような感じで自然と回転していく。バットは地面とレベルのままです。
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▲【写真5】
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村中 手首が返ってもバットはレベルを保っています。
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▲【写真6】フォロースルー
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村中 振り切った後も体の軸と頭がしっかりと残っていること意識してください。周平も森野将彦も綺麗なダウンレベルで打っていますよ。周平は独特のところがあるので、高校生がわりやすいのは森野の方だと思います。
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▲横から見た「ダウンレベル」
▲正面から見た「ダウンレベル」
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[page_break:頭の中のイメージと実際の動きを一致させるために]頭の中のイメージと実際の動きを一致させるために
――ただ、バッティングに限らずですが、自分が頭でイメージしている姿と実際の動きはなかなか一致しないものですよね。
村中 そうですね。ですから、そういうときは映像を撮って見せるようにしています。さらに私のティーバッティングの映像も撮影して、見比べさせています。
今の機械は性能が凄くて、パソコンの画面で2つを並べたり、重ね合わせて見ることができるんです。バットの軌道の違いがひと目でわかりますから、映像を見てやるのと見ないでやるのとでは大きく違います。
――割れを大きく作るということに関してはどのように考えていらっしゃいますか。
村中 大きければ大きいほど力は加わりますけど、ただ高校生だとあまり広くすると下半身ができていない子が多いからバットが振れない。力のない子はスタンスを肩幅くらいにしてステップを小さく、すり足でパッとステップして待っておくと良いと思います。
あと大事なのは横から見て、軸がブレていないか。頭が残って球を捕らえられているか。変化球の場合はどうしても追いかけちゃいますからね。それはなぜかというと、イメージをしていなくて、『間』が取れていないからです。
真っ直ぐがこう、変化球がこう、自分のストライクゾーンに投げてくることだけを頭に入れておく。イメージがもの凄く大事ですね。
――間を作るための練習は何かされていますか?
村中 フリーバッティングではピッチャーはミックスで投げさせますし、3ヵ所で行うときは2つのマシンを使って球速140km/hと緩いカーブにして、速い球をイメージして緩い球を打たせています。我慢して、我慢してヘッドを立ててインパクトに持っていく。そうやって間を作ります。速い球は慣れれば当たるようになりますからね。
――その他には、独自の練習は行っていますか。
村中 2年前からビジョントレーニングもやっています。一般的なものですがこれが効果があって、大きく変わりました。速い球でも、変化球にもパッと対応できるようになった。左目と右目それぞれの視界に入るぎりぎりの外側の位置に指を立てて、左右交互に指を目の動きだけで見るのを10回。同じ要領で上下も10回。
さらに目をグルリと大きく回す動きを左回り、右回りそれぞれ行う。これをアップの中に取り入れています。動体視力とか、球際の強さなどが良くなりましたね。
指揮官の確固たるバッティング理論と常に良いものは取り入れていく旺盛な探究心は全国で勝ち上がった打線のバックボーンの中核を成しているのである。
(文=鷲崎 文彦)