試合レポート

前橋育英vs常総学院

2013.08.20

たった1球の行方で明から暗へ。野球の怖さと面白さ

 野球というゲームの面白さ、難しさが詰まった今大会のベストゲームだった。前橋育英は3試合連続自責点0(失点1)の高橋光成(2年・右右・188/82)ではなく、これも好投手と評判の高い喜多川省吾(2年・右右・176/71)に先発のマウンドを託した。

 2回表、常総学院はエラーが絡んだ併殺崩れと四球で2死一、三塁のチャンスを作り、1番高島翔太(3年・中堅手・右左・177/77)が左中間を破る二塁打で早くも2点を先制する。高橋光成が投げ続けてきたので、高橋光成以外の投手で序盤に失点すると不安の虫がざわざわ騒ぎ出すが、喜多川省吾はよく投げた。130キロ台後半のストレートに90~100キロ台前半のスローカーブを交えた緩急が冴え、強打の常総学院打線相手に5回投げて3安打、2失点は上々の結果である。

 6回表から高橋光成がマウンドに上がり、常総学院飯田晴海(3年・右右・175/75)との投手戦は俄然熱を帯び始める。
 高橋光成は試合を経るたびに安定感を増している。群馬大会を見たときは思わなかったが、今は藤浪晋太郎(阪神)とイメージが重なって見える。スリークォーターの腕の振り、右打者の外角低めにストレートを投じたときの横の角度、さらにストレートの速さと真横に滑るスライダーのキレ……等々、“体のサイズやスピードなどスケールを少しだけ小さくした藤浪晋太郎”というのが、高橋に対する私の見立てである。左右打者に関係なく内角を執拗に攻め続けた藤浪にくらべると攻撃的精神で見劣りするが、それはあくまでも藤浪とくらべた場合。普通のレベルで考えれば十分内角を攻めている。

 ストレートの球速が群馬大会で148キロに達し、今大会では1回戦に岩国商戦で史上2位となる9連続三振を記録、高橋光成には「スピードと奪三振」のイメージがついて回るが、そういうマスコミ受けする雑事に惑わされず、高橋光成は勝つ投球を心掛けた。3回戦の横浜戦ではストレートが143キロにとどまり、奪三振は5。しかしスピードを抑えた分、低めにボールを集めることに心を砕き、結果は8安打、四球2、失点1(自責点0)で強豪を退けた。
 そういう大人の高橋光成がこの日も見られた。ストレートは130キロ台後半が多く、さすがに疲れが見えたのかなと思ったが、真価が発揮されたのは8回表、2死満塁のピンチを迎えたとき。打者・飯田晴海に対して3ボール2ストライクという絶体絶命のピンチを迎えるが、まったく臆することなくこの日最速の145キロのストレートを投じ、見事に見送りの三振に斬って取る。

 対する常総学院飯田晴海は、高橋光成以上の投球をしたと言っていい。左側面からクロスして打者に向かって行く攻撃的フォームに特徴があり、左肩の速い開きがなく、球持ちもいい。少し心配だったのが投げに行くときのインステップ。体の前への乗りにブレーキをかけることによって反発力を生もうとする投げ方で、故小林繁氏(元阪神)は「私は体がなかったのでそうしていたが、体のことを考えればやらないほうがいい」と言っていた。そういうステップを飯田は意図的に選択していた。

 140キロを超えるストレートを投げなくても打者手元での伸びが尋常でなく、変化球は斜めに空気を切り裂くスライダーに真縦に落ちるチェンジアップにカーブ、ツーシームが加わり、これらをTPO(打者と状況)に応じて使い分けているところが見事である。使用頻度が高いのはスライダー、ツーシーム、チェンジアップだろうか。内角を執拗に突く攻撃精神が旺盛で、変化球の占める割合が高いと言っても技巧派という感じがしない。実際、“大会屈指の本格派”と評価してもいいだろう。



 

 この飯田晴海に9回、異変が起こった。イニングに入る前の投球練習のとき、盛んに屈伸する動きを繰り返し、ベンチからは紙コップに入った水が2杯、立て続けにベンチから運ばれてきた。熱中症による脱水症状だとすぐ見当がついたが、一度症状が出たらすぐ治まらないというのがこの症状の難しいところだ。またインステップの影響もあったと思う。
 ベンチに下がって治療を受け、再びマウンドに上がって打者に1球だけ投げるが、症状は治まらない。関係者に肩を預けて退場し、マウンドには2年生の金子雄太(右右・172/69)が上がる。資料を見ると、茨城大会の成績は2試合、7回3分の1を投げ、失点2とある。

 不安を掻き立てられたが金子雄太は悪くなかった。最速138キロのストレートと115キロ程度のスライダーを交えた横の揺さぶりで3番土谷恵介(3年・遊撃手・右左・174/72)、4番荒井海斗(3年・三塁手・右右・176/75)を打ち取り、勝利まで打者1人となった。そして5番小川駿輝(3年・捕手・右右・173/83)を二塁ゴロに打ち取りゲームセットになるはずだったが、セカンドがこの打球をはじき、ここから6番板垣文哉(3年・右翼手・右右・165/65)の二塁打で2死二、三塁とし、7番高橋光成が起死回生の同点三塁打を放ち、ゲームは振り出しに戻る。たった1球のボールの行方でゲームが明から暗に変る野球の怖さと面白さ。選手には悪いが、私はゲームに酔っていた。

 10回裏には1死二、三塁の好機が再び前橋育英に訪れ、打席に立つのは3番土谷恵介。大会屈指と言ってもいい好打者を迎え、常総学院ベンチは当然敬遠して守りやすい満塁策を選択すると思ったが、勝負に行って、初球のチェンジアップをライト前に運ばれた。グラウンド上で歓喜の声を上げる前橋育英ナインと悄然とする常総学院の対比。
 私は敬遠策がベストだと思ったが、今となってみれば歩かせても歩かせなくてもゲームの結果は変らなかったと思う。飯田が降板して、エラーも絡んで同点に追いつかれたとき、ゲームの流れは既に前橋育英のほうに流れていたからだ。

 説教くさいことを言えば、高校野球にエラーやアクシデントはつきものである。エラーをした常総学院の二塁手や9回を迎えたところで無念の降板をした飯田晴海は胸を張って茨城に帰ってほしい。こんないいゲームは滅多に見られるものではない。その好ゲームに立ち会えたことは私の喜びでもある。お疲れさまでした、そしてありがとう。

(文=小関順二)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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