試合レポート

市立岐阜商vs加納

2011.07.18

新監督のもと成長した加納、一歩及ばず

 今年4月、加納は監督が交代した。服部幹和前監督が東濃実へ異動し、各務原から松岡達也監督が赴任した。

 実は新しく就任した松岡監督は3月下旬、各務原の指揮官として、服部監督率いる加納と練習試合で対戦している。このとき既に、異動の内示は両監督に出ていた。松岡監督にとっては、十数日後に赴任する予定の野球部と、偶然にも相対することになったのだ。

「僕、その試合の数日前に、加納の服部先生と約束したんですよ、お互い『異動するから』と部員に話した上で、練習試合に臨もうって。僕は各務原の子たちに異動を告げたら、やっぱり突然の別れにどうしていいか分からなかったみたいで、子どもらは全然試合に集中できなかった。なのに、加納の子たちはピンピンして試合をしているんですよ。『この子らは服部先生が代わるのがそんなに嬉しいのかな』って思ったね」。だが加納の選手たちが平然とプレーしていた理由は簡単。服部先生が約束を忘れていて、この時点では加納の部員にまだ異動を打ち明けていなかったからだ。

 そんなこともあって、松岡監督にとって対戦相手だった加納ナインと、4月から共に過ごすことになった。松岡監督がチームに抱いた印象は「打撃は凄い。でも守備ができてないなぁ…」。加納は県下有数の進学校。平日は練習時間が2時間程度しかとれず、グラウンド事情によりフリーバッティングができない。そんな状況下で、前監督は誰もが舌を巻くほどの「強力打線のチーム」をつくり上げていた。そこに、「セコい野球」を標榜する新監督が、守備やスクイズなどの細かい戦法を付け加えていった。


 部員たちには当初、戸惑いもあったようだ。豪傑な攻撃野球だけでなく、細かい攻撃パターンやディフェンス野球を覚えねばならない。スクイズを試みても、なかなか成功しなかった。ただ6月初旬、選手同士が開いたミーティングで「いつまでも前監督の時代への未練をひきずっていてはいけない」という声が出ると、チームの雰囲気が変わり、バッティングだけでなく、守備にも順応し始めた。
 もちろん松岡監督だって、自身のやり方を強制はしていない。「僕も現役時代、途中で監督が代わったことがあり、ナインの気持ちはよく分かりますから」。打撃に関しても、前監督の教えをそのまま生かした。

 打撃は素晴らしい。あとはディフェンス面がどこまで。そんな状態で、夏の大会、1つ勝って市立岐阜商戦を迎えた。だが強豪を相手に、やはり「守り」が明暗を分けた。
 
3回表、中学硬式出身の先発左腕・安藤健悟がワイルドピッチで失点すると、次の回には関谷竜成にスイッチ。ここまでは想定にあった。ただ4回表、走者二、三塁でスクイズを決められたのが痛かった。

「スクイズは読んでいました。1球外してカウント1-1になって、もう1球外したかったのに外しきれず、スクイズを決められてしまった。5回ごろまでに1点ビハインドで済んでいれば、ウチが勝てると思っていたのに…」と松岡監督は悔やんだ。その後も2点を失い、点差は4に広がった。「(相手投手の)秋田千一郎君を精神的に楽にしてしまった」という勝負の分かれ目だった。

 ランナーを出しながらも抑えられてきた加納打線に8回裏、最大の反撃チャンスが訪れる。二者連続四球のあとに暴投が出て二、三塁。ここで4番・森陽介が打席に入った。


 森は中学時代の先輩・永井先輩(現・中京大)の後を追って加納野球部に入部。そこで前監督と出会い、めきめき打撃が向上した。「パワーだけなら甲子園級」と前監督に言わしめ、通算ホームラン数も二ケタを数える強打者に成長していた。森について、松岡監督は「最初はなんとなく、癖のある子かなと思った。進学校なのにパワーはすごいし、スイングの後にはバットを放り投げる仕草をするし。でも実際はすごく真面目。就任当時から、いろいろなことを尋ねてきて、教えるとその度に『へ~、そうなんですか!』と驚いて帰っていく。最初はオレを試しているのかと思ったけど(笑)、話すうちに、この子は純粋な好奇心に溢れた子なんだなと」。
 
森は前監督の異動に際して「先生の中でレベルの高い野球が完成されていて、自分たちは足りないものばかり。でも、それを1つ2つとクリアしていけば、試合に勝てると分かっているので、必死に応えようと頑張ってきました」と惜しんだ。、一時不調にあえいだが、新監督就任後も、素直な性格と向上心で多くを吸収しようと努め続けた。

 森が放った打球は、センター頭上を越える2点タイムリー二塁打に。しびれる場面だった。筆者はカメラマン席から見ていたが、打席の中で、普段は純朴そうな森の表情に、殺気めいた凄みを感じた。

 結局、試合は2-4で敗れた。試合後、松岡監督は「このチームが3回戦で負けるのは惜しい。取り組んできたことを十分に出させてやれなくて、選手に申し訳ない」と唇を噛んだ。
森は「泣かないと決めていたので」と涙を見せなかった。試合後は後片付けを急ぐべくヘルメットを両手に持ち、毅然とした表情で真っ先にベンチから通路へ出てきた。「憧れだった永井先輩、野球部に誘ってくれたチームメートの河田翔太(背番号19)、そして服部前監督、松岡監督。人に恵まれ、僕の高校野球はツイていました」。森と強打者コンビで鳴らし、この日も相手の逸材左腕のボールを芯でとらえていた和賀登直之も「いい仲間と3年間プレーできてよかった」と充実感をのぞかせた。

 前年の春、県大会で3位に躍進し、加納野球部を注目の存在へと押し上げた当時2年生メンバーたちの夏が、さわやかに幕を閉じた。

 勝った市立岐阜商は、8回裏のピンチで2年生エース・秋田が意地を見せた。2点を失ったが、秋田和哉監督から「ネジを巻き直せ!しっかり腕を振っていけ」とゲキを飛ばされると、後続を圧倒した。
打線は藤井聖也のスクイズや主将・藤垣太輔の左翼タイムリー二塁打など、中盤にかけて4点をとったのが大きかった。ただ秋田監督は「準決勝や決勝はもっと苦しいぞ」と部員たちに言い聞かせ、手綱を緩めない構えだ。

(文=尾関 雄一朗

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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