「別格」だったダルビッシュ、練習しなくても打てる糸井…「最強育成球団」徳島IS・岡本哲司監督が見てきた「プロ野球名選手たちの実情」
岡本哲司監督
「徳島に入れば、何とかなる――」。いまやNPBを目指す野球選手たちの合言葉のようだ。
昨年のドラフトで一挙6人が指名された四国アイランドリーグplus・徳島インディゴソックスには今年も、155キロ右腕の工藤 泰成投手(東京国際大)や191センチの剛腕・篠崎 国忠投手(修徳)など注目選手が続々入団している。
2022年からチームを率いるのは岡本哲司監督。日本ハムやオリックスの二軍監督を務めてきた球界屈指の“育成の達人”だ。長年の指導歴から印象に残る名選手たちの思い出を振り返ってもらった。
<岡本哲司監督インタビュー>
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初登板直前まで故障だったダルビッシュ
――日本ハムのコーチ時代を振り返っていただけますか?
岡本:2001年に白井一幸コーチがアメリカ留学から帰ってきたんです。「日本一のチームにしよう」と。白井コーチとオーナーが話をして、チームの改革が始まりました。それで5年後の2006年に優勝して、日本一を達成することができました。そこでやってきた日本ハムの選手育成システムが僕の財産になっています。
11年間で、9度のAクラスは、やはり指導者としての財産です。球団から育成方法を学ばさせていただきました。
――ダルビッシュ有投手の若手時代にも関わっていました。
岡本:彼は膝を悪くして入ってきたんです。2005年6月15日に一軍初先発(広島戦)になりました。当時の監督のトレイ・ヒルマン監督と話をして、その日が空いていたので投げることになったのですが、じつは5月から投げ始めたばかりだった。それでも勝てたんですよね。
――SNSなどを見ると、ダルビッシュ投手は探究心豊かな投手に感じます。
岡本:野球が大好きな子ですよね。彼は椎葉、井上と同じで、いろんなことを吸収して、自分で正解を求めていくタイプです。ただ、自分が必要ないと思ったトレーニングはやらない。自分が必要だと思ったトレーニングをどんどん取り入れて、悪いものを削っていったと思います。最初から別格でしたね。
――日本ハムに入団して大きく変わった選手はいますか。
岡本:捕手の鶴岡 慎也、高橋 信二の2人は日本ハムの育成で大きく伸びた選手ですね。鶴岡はテストで入団した選手で、髙橋はドラフト7位。育成システムが機能して大きく伸びた。また田中賢介はファームに長く在籍して、2007年ぐらいシーズンで一軍から活躍してきた選手。
――日本ハムの黄金期はどのような練習をされていたんですか。
岡本:当時、日本ハムが改革している時は、量もやるけれど、質を求めていく工夫ができていた。チーム練習はあまりやらずに、個人練習を多めにしていた時期でした。キャンプでは午前中からウエイトもやっていました。
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『技術と精神的な強さを兼ね備えた捕手・若月』