鳴門渦潮vs三本松
レジェンド指揮官率いる三本松を止めた鳴門渦潮エースの「三塁けん制」
力強い内野ノックを放つ岡田監督(三本松)
1948(昭和23)年の第1回から今回で数えて67回目を迎える春季四国大会。
そんな大会の歴史を彩った「レジェンド」が、再び春季四国大会のベンチに帰ってきた。
今年4月より、桑嶋裕二監督(現:津田高勤務)の下で9年ぶり3回目の春季香川県大会優勝を果たした三本松監督に就任した岡田紀明監督がその人だ。
高松商での現役時代には三塁手として1958年夏・第40回大会と1959年春・第31回センバツで夏春連続甲子園ベスト8進出に貢献。
1958年春季四国大会決勝戦では未来永劫破られないであろう徳島商(エースは板東英二<現:タレント・解説者>)との「延長25回」も経験している岡田監督。早稲田大・河合楽器でも選手として活躍した後、高松商監督としても1968年夏(第50回大会)で甲子園1勝、1990年春(第62回大会)ではセンバツベスト8進出。
近年は高校野球解説者としても熱弁を振るうなど、香川県の高校野球を語るには欠かせない人物である。
前日の開会式では「こんな年寄りが帰ってきてしまって…。対策なんてありません」と謙遜しきりの岡田監督であったが、この試合前には4月21日で73歳を迎えたとはとても思えない回転のかかった内野ノックを披露。
いざ試合に入っても鳴門渦潮の最速141キロ左腕・松田知希(3年)に対し、失投を見逃さない腰の座ったスイングで10安打を浴びせるなど、24年のブランクを経てもいまだ衰えぬ闘志を14歳年下の高橋広監督に見せ付けた。
10回153球11奪三振1与死球4失点(自責点2)完投の松田知希(鳴門渦潮)
それでも最後に勝ったのは延長10回裏二死満塁、三本松2番手・森髙達也(3年)から1番・兼板優貴中堅手(3年)が四球を選んだ鳴門渦潮。
その大きなポイントになったのは攻撃ではなく8回表の守備にあった。
三本松がこれまで先発右腕の松本拓己(3年)を巧みなリードで引っ張ってきた3番・黒田圭人捕手(3年・主将)からの2連打と失策後に6番・松本、8番・中吉大夢一塁手(3年)の適時打で同点とし、なおも一死満塁の場面。
ここで三塁走者は大きなリードを取る。
スクイズサインが出た場合や内野ゴロの際、即座に本塁へ突入には当然の準備。加えて今年から投手の三塁偽投が禁止になったことにより、三塁走者には帰塁への警戒心を緩める材料もそろっていた。ただ、マウンド上の松田はそのタイミングを狙っていた。
「サード(8番の阿部博紀・3年)と目が合ったら、投げるつもりでいました。一度は目が合わなかったので、投げなかったんですが、二度目に目が合ったので」
結果は見事タッチアウト。
この回同点に留めたことが、先述の流れを作ったのである。
もちろん「バッテリーのインサイドワークミス」と指揮官が指摘した8回の配球には課題が残る。
しかしながらその一方で、新たな武器があることを徳島県内外に知らしめたことも事実。今季からの新ルールを逆手に取って松田が仕掛けた「三塁けん制」は、三本松の勢いを止めた以上の波及効果を今後もたらしそうだ。
(文=寺下友徳)