平塚学園vs向上
平塚学園・熊谷拓也の光った投球
この試合で最も注目したのは平塚学園のエース・熊谷拓也(3年・右投右打・180/76)のピッチングで、それは期待に違わぬ見事なものだったが、それを書く前に試合の流れをひと通り紹介しよう。
西湘vs北湘の湘南対決は1点を争うシーソーゲームになった。
まず2回表に平塚学園の4番熊谷がレフトへホームランを打って先制した。向上の左腕・野村駿太が投じた初球のスローカーブを捉えたもので、よくこんな緩い変化球を初球から打てるなと感心した。巨人で一世を風靡した江川卓氏と仕事で一緒になったとき、「バッターは緩い変化球で凡退すると悔いが残るので初球からそういう球は振ってきませんよ」と経験談を語ってくれたが、熊谷のような決め打ちをする選手には通用しないセオリーだろう。
リードされた向上は2回裏、同じように先頭の4番、菅野赳門(2年・遊撃手・右投左打・174/69)が内角ストレートを押し込んでライトポール際へ高々と放り込んだ。さらに3回にはランナーを1人塁上に残し、3番勝俣崇作が右中間に二塁打を放ち、一塁走者の谷津鷹明をホームへ迎え入れ1点をリードした。
5回には平塚学園が死球を皮切りに長谷川恭哉のタイムリー、蛭田堅斗のタイムリー二塁打、角井将治のタイムリーで3点入れ勝負あったかなと思わせたが、向上は6、8回に平塚学園内野陣のエラーを絡めた攻撃で1点ずつ奪い同点に。勝負を決めたのは9回表の平塚学園の攻撃だった。
一死一塁後、蛭田のショートゴロを向上の菅野がエラーして一、二塁になり、3番角井が死球で満塁、ここで打席に立った熊谷はセンターに浅いフライを打ち上げる。タッチアップは無理な距離だと思ったが、三塁走者・大谷楓は敢然とスタートを切り、見事ホームを陥れ、これが決勝点になった。
試合はまさにシーソーゲームで熊谷がこれほど苦戦をするとは思わなかった。熊谷を評価するときマスコミは必ず「MAX142キロの速球を投げ」と書くが、それでは熊谷の実像は正確には表現できない。プロ野球で似たタイプを探せば攝津正(ソフトバンク)である。投げる姿からしてそっくりである。小さなテークバック、開かない左肩、正確なコントロールを約束する正しい体の方向、そういったものが寸分たがわず備わっているのだ。
TVが映し出したこの日のストレートの最速は141キロ。しかし、これはそれほど多くない。ピッチングの主体になるのはスライダーとチェンジアップだ。得点圏に走者を出すと、チェンジアップが途端に多くなる。熊谷が最も打たれない自信があるのがチェンジアップなのだろう。
5回裏、一死一塁で1番三廻部憂磨を打席に迎えたときには「スライダー→スライダー→ストレート」という配球で、ストレートをセンター前に弾き返され、一、二塁になって迎えた2番谷津鷹明には「チェンジアップ→チェンジアップ→ストレート→スライダー」で一塁へのファールフライに打ち取っている。第1打席でホームランを打たれた4番菅野を2打席目で対戦したときは2死二塁という場面で、「チェンジアップ→チェンジアップ→カーブ→チェンジアップ」でショートゴロに打ち取っている。
高校生なんだからそういうときこそストレートで押せ、という意見もあると思うが、私は高校3年生にして防御本能がしっかり身についていることに感心する。それでいて本格派として通用するストレートの速さがあり(最速142キロ)、マウンド上でのふるまいにも本格派の矜持がうかがわれる。こういう投手はいきなりプロへ行くのではなく、アマチュアで実戦力を磨き、技巧に磨きをかけたほうがいいと思う。
聞けば、進路は大学進学が有力だという。来年は神宮球場のマウンドでその姿が見られるかもしれない。大学でなら即戦力だと思うので、是非通って見させてもらうつもりだ。
(文:小関順二)